なんか、そこら中が痛かった。
「……」
 絡んだシーツが邪魔だ。そうでなくても起きあがれないというのに。力を込めるともう、とにかく、痛い場所がわからないくらいに痛い。それも飛び上がるようなものではなく、しつこく響く痛みだ。
 そろそろと方向を変え、ロイは身体を丸めた。指先をあげてみると、爪が半分はがれていた。見るだけで痛い。テープで巻き付けていれば戻るだろうか、とぼんやり思った。
 それよりも心許ない場所があるのだが。気にしないことにする。できようがなくても、するのだ。
「……起きたかね」
 男が顔を覗かせて、両手にトレーに乗せた朝食を持って入ってきた。まったく屋敷の主人のすることではなかった。けれど、今は何も言わないことにしておく。
「おはようございます」
 かわりに平和な挨拶をしてみた。珍しくも、男は芯から困り切ったような顔をした。自分はどんな顔をしているのか、ロイにはわからなかった。まともでないかもしれない。
 まともでないといえば、男の寝癖もはねていた。珍しすぎる。
「良い日だ」
 枕元に置かれた朝食を、ロイはじっと眺めてみた。あまり食欲はない。しかし、居心地の悪さを解消するにはこれしかない気がした。
 気をつけて足を引き寄せると、シーツに手を突く。気怠さを騙して、なんとか半身を起こした。窓からは良い日が確かに差し込んでいたが、うんざりするほど清々しい。
「身体は大丈夫かね?」
 問いかけに思わず動きを止めると、慌てるでもない修正があった。
「爪が割れていたが」
「……大丈夫ですよ。爪はまた生えてくるから」
 爪は。
「彼女の父親が、君に感謝したいと」
「それほどのことをしてはいません」
「それから母親が、君に怒っていたな」
「言われる筋合いじゃありません」
 簡単に言い捨てると、男が笑った。やはり困ったような笑顔だった。彼なりにどうにも居心地の悪さを感じているようだ。互いにそうなのだったら、無駄この上ないなとロイは思った。
「……軽率だったと思ってますよ」
「ふむ」
 息を吐き、吸う。崖に下がっている時に、胸のあたりに当たったのだろうか。少しの痛みがあった。
「ご両親には、そのうち」
「そうするといい。まだ停学期間は長いだろう」
「……すみません」
「私に謝られても困るんだが」
 本気で困った顔で、視線を合わせずに呟く。ロイは肩をすくめた。脇腹あたりが痛んだが、声を漏らすほどではない。
「サボったことです」
「ああ」
 なんだ、と男はつまらなそうにした。頬杖をついてロイを見る。気怠そうだった。こっちはこっちで体力を使ったのかもしれない、とロイは思った。思ってから後悔した。後悔してから目眩をおこしてみた。
 わけがわからない。
「構わんよ。それも甲斐性だろう」
「……甲斐性」
 呆れて言葉を返すと、にやりと口元を歪めた。いつもの調子だ。ロイは少し安堵した。
「だが、すぐ見つかるのではお粗末だな。課題を増やそうか?」
「増やしても現実的じゃないでしょう」
「まあ、それはそうか」
 納得して頂いたようなので、ロイはパンに手を伸ばす。はがれた爪がひっかかった。なんとか指先を使わないようにして、妙な食べ方をする。集中はできなかったが、味には違いがない。
「……終わらないですよ」
 口を動かしながら呟く。聞こえるかどうか、という愚痴のようなものだった。男はしっかり聞き取ったらしく、ふむ、と頷いた。
「やることに意義があるのだろう」
「好きじゃないですね、そういう……精神論」
「勉強家の言葉とは思えない」
「そりゃあ、勉強はためになります」
 小さなパンをひとつ食べきったところで、どうにも耐えられなくなった。ずるずると足を流して横になる。もう眠るくらいしかできそうになかった。それはそれで、頭が寝過ぎていたが。
 勉強をする気にはならない。男も、さすがに今日は許してくれるだろう。
「やるだけはやりたまえ。終わりませんでしたと頭を下げることだね」
 丸まっていると頭を撫でられた。想像するだけで面倒になったが、ロイは頷く。くしゃくしゃと髪が男の手を擦った。
「マスタング君」
「何ですか」
 欠伸をしても身体がきしきし痛む。うざったい声になってしまった。気にする相手でもないだろう。
「ところで、どこにミスがあったと思うかね」
「……さあ」
 ロイはぐったりとシーツに頬を押しつけて答えた。
「良くわかりませんが、たぶん」
「考えが甘かった、と」
「わけわかんないし、身体が持たないし。現実的じゃない」
「ああ、今わかったよ」
 噛んだシーツが塩っ辛い。思い切りロイは顔をしかめた。
「君が悪かったんだろう」
 らしくもない責任転嫁をされて、重い息を吐いた。後悔しても始まらない。だいたい、自分はともかく、遙かに大人な男が同じ状態でどうするのだ。……いや、深く考えるまい。
「……おやすみなさい」
 毛布をかぶって丸くなると、ぽん、と肩を叩いていった。こんなことは二度とないだろうとロイは思った。二度と。それよりも色々とやるべきことがあるじゃないか?
 退屈になったら、どうだかしらないが。