軋みすぎたベッドの端に腰掛けて、片足あげて天井を見る。なぁにしてんだろうなぁ、と思うのだ。背を向けたベッドの上にいるのは、男で年上で、しかも良く考えてみれば上官だ。変人だし。 思い出すだけで頭を抱えたくなるのだが、そうもいかない。その男で年上で変態な冗談は、俺の髪を弄くり倒している。梳かして撫でる、その仕草は嫌になるほど優しげだ。たぶん、いつもの俺にはしない。 されても笑えてきてたまらない。 (要するに) 顔を見なければ良いという問題らしかった。さっきまで。馬鹿みたいな至近距離で顔つきあわせて、色々といやらしいことだとか、教育上よろしくないことだとか、ありえないことだとかをやっていたわけだけど。 離れてしまえば、この男は嫌な顔しかしない。まあ、わからないでもない。わからないでもないが、いくらなんでもあからさますぎるというものだ。 もう少し、こう……、なんかあるだろう。 (……アホらし) などと考えてしまった自分が嫌で、首を振った。すると髪をぎゅっと捕まれる。 「振り向くなよ」 低い声だ。耳の近くで囁かれたせいで、鳥肌立ててしまいそうになる。こうして背中を向けている限り、この男はけっこう優しい。優しくされても困る。俺のもう少しこう、はそんなところにあるわけじゃない。 勝手にやっているのだ。 さらさらした指が髪を編んでいく。意外に手慣れた仕草だ。誰の髪を編んできたのやら、と想像して俺は嫌になる。何よりも、こんなことを考える自分が嫌なのだ。そしてそうさせる、この男が嫌なのだ。 何をやってるんだろう、と思う。俺も嫌なら相手も嫌だ。抱き合ったあとに顔も合わせたくないのなら、はなから抱き合うべきじゃないのだ。どうせ女に困っちゃいないのだから。 (なんで) こんなことをしているのだろう、とまた思った。部屋の空気が湿っている。なんか色々。恥知らずでもなきゃ口に出せないようなものだとか、あとは喘ぎ声だとか、摩擦して擦れ落ちたものだとか。 そういうもので、湿っている。息が辛くなっていた。さっさと出ていきたいと思うのに、いつまでも男は髪を弄っている。嫌がらせだろうか? 「湿ってる」 言葉は実に愉快そうだった。やはり嫌がらせなのだろう。 「……そりゃな」 「傷むだろう、ずいぶん?」 「触ってるとおり」 言うと、また肩口で小さく笑ったのがわかった。時には砂に晒しているような髪を。なぜかさらさらと指が通っていく。愛おしそうな表情が見えるような気がした。きっと。 そんな顔をしているのだろう。 振り向かなかったら。 「けど、洗って乾かしてる時間はないね。弟君に……、見つかる。そしたら殴られるのは私かな、さて」 「アルは人を殴ったりしねえよ」 言うと不機嫌になったのがわかった。言葉の調子が強すぎたのだ。風邪と運動で、せっかく掠れている声を。男のような言葉を吐くので。 知ったことか、と俺は思った。掠れた子供の声が、情事のあとの女の声と似ている、なんて。だいたい本当にそうかも疑わしい。適当なことを言われている気がする。この男は単に、俺に女の子のように大人しくしていなさい、というわけだ。 髪を弄らせて。 「まだ?」 気持ちはわからないでもない。それなりの地位にいる男が、一回り以上年下の男に抱かれたりしたら、そのくらい思わなければやってられない、というのだろう。ごまかし。相手を取り違えたくなるのだったら、最初から女を抱いていればいい、と俺は思った。 しかし俺だってそうなのだ。なんでこんなことになっているのか。 どうして抱きたくなるのかもわからないのに、どうして抱かれてるか、なんて聞けたものじゃない。等価交換だ。意味がわからない行動を起こせば、意味のわからない行動が返ってくる。 そりゃそうだ。 「まだ。きれいにできない」 言葉と同時に、さらさらと編まれた髪がほどかれていくのがわかった。俺は苛ついてきている。時間はまだあった。けれど、早く帰ってしまいたかった。自分がわけのわからないことをしてるとしても。自業自得だとしても。 女のようにこいつの目の前にいる俺というのは、いったい何なんだ? 少なくとも俺は、この男をロイ・マスタングとして一緒にいると思うが。それは不公平じゃないのか? 「も、いいから」 振り払おうとする手が、簡単に押さえられた。さっきまで力無くシーツを掴んでいた指が。爪がかちんと当たって、背中が痺れそうだった。俺も勘違いすればいいのだろうか? 公平に。 しかし、どう間違っても、この腐れた男が女の子に見えたりはしない。ただ、そう見たい気持ちはわかる。わかってしまうから問題だ。ありえない。 「大人しくしてなさい。あと少しだから」 耳元の笑みには、大人の遊びの匂いがした。たまらなく振り向こうとすると、顎をしっかり押さえられる。また、笑う。 「振り向くんじゃない」 俺は怒りたくなって押さえた。そこまで忍耐がないわけじゃない。越権的な行為を許されていることに感謝を。なんて、性質でもないんだけど。 「俺は女じゃないぞ」 もう疲れた気分で言ってやると、また笑ったのがわかった。編み込まれる髪。たまに背中に触れる、指先のしっかりした感触。他はどこも触れていない。どこも。 触りつくしたんだか、虐めつくしたんだか。とにかくもう、熱のない場所の無かった肌は。今はどこにも触れていない。次まで触れられないだろう。次? まったく後悔は役に立っていない。もう二度とこんなことはするまい。どうせ意味がない。なさすぎる。衝動的に手を出したところで、待っているのは空しさばかりだ。人間、もう少し理性的になるべきだ。どんな快楽も、後から取り戻されてしまうのだから。 「ああ、でも、いいじゃないか。今は」 腐った男がそう言った。楽しそうだ。楽しそうにでもしていなければ、きっとやりきれないのだろう。 「顔を見せないでいなさい」 気持ちはわかる。いや、俺は年下の男に抱かれた男の気持ちなんてわからない。けど、想像はできる。けどこいつは俺の気持ちを想像もしていないんじゃないか? 「あのな、あんた」 「振り向くなよ」 少し強い調子だった。そーかそんなに嫌か、とあと一歩で切れてやろうと思う。そのくらい許されるだろう。こっちは年下のガキなのだ。 「君がくそ生意気なガキで、しかも男だと思うと」 俺はすーっと息を吸い、もうどうにもならない罵声を考えていた。 「そんな相手に抱かれてる自分がたまらなく背徳的で、悶えるくらいにぞくぞくするんだ」 息を止めた。振り向くことも思いつかず、固まっていた。 「…………はあ?」 |