たっぷり十秒ばかり固まったあとで土方は覚悟を決めた。これがひねくれ悪人なのはわかりきっていたことだ。騙された自分が悪いのだろう。
ならばもはや銀時が相手だというのは関係ない。自分が言ったことを違えるというのは、これはよろしくないことだ。ひねくれたアホを目の前にしているからこそ、それと同類になってはいけない。
「……わかった」
それにグダグダ言って先ほどの流れを蒸し返すのも嫌だ。
「好きにしろ。それで良いんだな」
「おー、言ったな」
威圧するように三日月の瞳で土方を見て、銀時はベッドに乗り上げてきた。足を跨ぐように座り込んでくる。何しろ互いにほとんど裸だ。肌が触れ合うと少し眉を上げた。
風呂上がりの銀時にとって、わずかに冷たく感じられたのだろう。逆に土方には、ふわりと暖かいものに感じられた。
「んじゃ、とりあえず、ちょっと手を貸しな」
「……手?」
はたして何をされるのだろうと、内心怯えつつ手を伸ばした。銀時は楽しげに手を掴み、唐突にそれを自分のものに触れさせた。
「っは?」
まだふにゃりとした感触に妙な声をあげると、銀時が笑う。羞恥などどこにもない、見下ろすような笑顔だった。
「何だよ、触り慣れてるだろ?」
「……」
それはその通りだが。
「いつもみたいので良いんだって、ほら」
などと言われて、土方はそろそろと手を動かした。銀時が何をしたいのかわからない。ただ触ってイかせてやるだけなら、いつでもやっていることだ。強請られれば、してやらないはずもない。
「あのな」
目を細めて、銀時は土方の手首のあたりをするすると撫でた。その間にも指を動かせば、甘い息を吐いたようだった。
「俺、おまえの顔は好きなんだわ、けっこう」
それがどう繋がるのか。
銀時は何か想像しているのか、すぐに反応を示していた。表情までも少しとろけている。キスのひとつもしたくなる、そんな顔だ。
しかしこれでは全く、悪くない気分だ。
これだけで終わるということはあり得ないだろう。なにしろ、この男の無茶苦茶なところは良くわかっている。何かとんでもないことを。
「だからな。……ぶくく」
思い切り笑い出したせいで、土方の手が外れた。
「って、ちゃんとしろよコラ」
しかも怒られた。
「誰のせいだ」
「はァ? 何ゆってんのおまえ反省は人間の美徳だぞ」
「……いやだから笑ってんじゃねェよ。ちょっと集中しろ」
「仕方ねぇなァ。おまえ下手だからしょーがねえか」
「待てよオイ、俺が下手だったらそんで良くなってるテメェは、」
「50パー嘘」
「……この野郎」
土方はもぞもぞ位置を変え、銀時を引き寄せた。立ち上がることは許されていないようだ。しかし腰のあたりに乗せてみると、これがなかなか良い眺めだった。
これで銀時がバカな顔をしていなければ。
「うん、それでいいんだよ。最初からそうしやがれ」
「るっせえぞマグロが。切り身にして皿に乗っけてやろーか」
「シェフの腕によりけりだな、やっぱこの高級魚を捌こうというならそれなりの」
「シェフじゃねーだろ、板前だろ」
「いやどっちでもいーけど。あー、それでな」
さすがに笑ってばかりもいられないようで、銀時は吐息を落としながら言った。
「……なんだっけな?」
「俺が色男だって話だ」
両手をかけて根本から扱いてやると気持ちよさそうに目を細めた。手首にかかった指が、かすかに爪を立てている。
銀時は快楽を表すのにそれほど抵抗はないらしい。そうして、こちらを伺っている様子さえある。
つまりは余裕があるということだ。
それを無くしてやるのが土方の楽しみである。状況をとりあえず脇において、いつものように丁寧に、ゆっくりとそこを愛してやる。同じ男のものだというのに、こうしていると可愛らしくも見え、それが少し不思議だ。
きちんと反応を返してくれるのがいい。本人ほど、ここはひねくれていないのだ。
「そう、だからさァ、おまえの顔は好きなんだ」
「それは聞いた」
あまり嬉しくない。なんだか良く言われることだ。しかも、顔は良いんだけど中身はねえ、みたいなところに続く。
「前々から思ってたんだな、これが」
「だから何だ」
問いかけながらも上の空だった。銀時はあきらかに良くなっていて、まともに喋れないのも、土方にしてみれば嬉しいくらいだ。
「顔にかけてみてぇ」
と、土方は手を止めた。
視線を上げて銀時を見る。相変わらず見下ろしてきている顔は、楽しそうに口元を歪ませている。
「聞こえたか? かーおーに」
「かけてみたい、だと?」
「はいそーよ、もう良い? 準備いい? ほら、目ぇ閉じな、入ったら痛ぇよ」
いやおまえ何でそんなことを知ってんだというか、もう唖然としていて、土方は何とも反応できなかった。銀時はいっかにも出しますよという姿勢に、片膝に力を入れている。
土方の手は払われて、身を乗り出している。それは確かに、そっから飛ばしたら顔にかかりますよという位置だ。
「ま」
「しかたねぇな、閉じさせてやるよ」
銀時の片手が目をふさいだ。暴れようとしても銀時に思い切りのっかられている。とにかく身を捩ってはみたが、どうも太股の感触に挟まれ、思わず動きをとめた。
「せぇー……、」
途中で掠れ、小さく声がはねた。
これは万事休すだと諦め、土方はぎゅっと目を閉じる。
「の」
ぽたり、頬に冷たさを感じた後の言葉だ。気が抜けている。ぽたぽた、更にべたついたものが顔中に落ちて、さすがに気持ちが悪かった。
いくら寝ているからといっても、男の精液をかけられたいとは思わない。全く思わない。
口元にまでかかり、鼻のあたりにもある。匂いをかぐのも嫌で、土方は呼吸を止めていた。
「……ぶ」
「なにが」
おかしい、と怒ろうとして、思い切り息を吸って気づいた。
「ぶははははははは!」
「……この詐欺師が!」
土方は起きあがり、頬にかかったマヨネーズを拭った。見ればベッドの上にマヨネーズのチューブがある。恋文と一緒に土方の服からかすめ取ったのだろう。
「ふっ……くくくうっ、だって、……だってさァ、いくらなんでも……、」
「……」
無言で土方は頬にかかったマヨネーズを指で取り、舐めた。
「いくら顔が良いからってンな、男にかけて楽しーかよ……、ったく冗談だって冗談、」
「ほーう」
「……あれ土方さん怒って……んッ!」
なんかキレた。
笑い続けている身体には力がなく、簡単に押し倒すことができる。怒りのあまりに力がこもったせいもあるかもしれない。
銀時は押し倒されても止まらずに笑っていた。
「黙れ。息を止めろ。マヨネーズの神に詫びやがれ!」
ふいに丸くなった瞳が土方を見た。それからまた、再生したように笑い出す。
「そ……、そっちかよ……っ」
「あのなァ」
キレているせいかもう腹も立たなかった。というより、もはや何も問題でなく、ただひたすら仕返しをするだけだ。
「知ってるか? 俺もな、おまえの顔、けっこう好きだぜ?」
ぴたりと銀時が笑いを止めた。
「……じゃ、そういうことでっ」
「逃がすか!」
ベッドをずり落ちてまで逃げようとした身体を、遠慮なく力でねじ伏せる。引きつった顔をした銀時はそれでも抗って、膝をあげて土方の腹を蹴りつけようとする。
しかしかわすのは容易かった。
なにしろ銀時はイった後だ。足の内側につるつるぬめりを落としている。つまり土方の顔にかけるかわりに、自分の足にかけたようだ。
「自分のやったことには責任をとらねぇとなァ?」
「は。……いや待ったお兄さん、そんなマヨネーズつけたままで言われても迫力ないっていうか」
「迫力がなかったら何か問題なのか?」
土方が真顔で問いかけると、本格的に焦ったようだった。ひきつった顔を愉快に見下ろしてから、土方は顔を近づけた。
だいたい銀時の言ったとおりだ。
なんで男の顔にぶっかけて楽しい。出すんなら中の方が良いやとか、まあそれは置いといて、とにかく。
このくらいのものだろう。
「わ、ぎゃ」
などと寛容してやってるのになんでそこまで嫌がる。頬ずりをしてマヨネーズを擦りつけただけだ。
ついでに勿体ないので、その頬を舐めた。
「……」
銀時は少し力を抜いて呆れたように土方を見ている。
「……美味いかソレ?」
「おまえの不味さから考えりゃ、想定外の出世だな」
「……あそう」
「やっぱりマヨは最強だぞ。これを食ってりゃ栄養も抜群だ」
「へえ」
目の下のあたりを舐めると、くすぐったそうに肩をすくめた。
舌を這わせていると、塗り広げているようなものだ。唇で挟むように取ろうとしたが、銀時が嫌がるように首を振った。
「おーい、だったらさ、ついでに足も舐めねえ? べたべたして気持ち悪ィ」
「自分でやったことだろーが」
「いや、こんなことまで考えてなかったっつーか。結局ならほんとにかけりゃよかったな」
舐めろと言っておきながら銀時は、それほど期待もしていないようだ。もう全てが面倒なようにぐったりしている。
「足、なあ……」
土方はまだ頬を舐めてやりながら、至近距離の瞳を見つめて問いかけた。
「それしたら、忘れてくれっかよ?」
「ん?」
「忘れるか?」
土方は視線で恋文を見た。それだけで理解したのか、銀時は苦笑した。何も返答しない。冗談だと思っているのか、そんなつもりはないということか。
「忘れてくれ」
もう一度、問いかけでなく言うと、銀時は今度ははっきりと顔をしかめた。眉間の皺は何を表したものだろう。そんな関係じゃない、勘違いするな、とでも言いたいのかもしれない。
土方はしばらく待った。
どうしても外さないでいた視線が、そのうちにようやく出会う。銀時はじっと、ふざけているのか、真面目なのかわからないいつもの目で土方を見た。
ほんのわずかに、見えるかわからないくらいに頷く。
「……」
相変わらず良くわからん男だと思った。しかし土方はなんだか、それが妙に可愛いように見えてきた。
気のせい、なような気もしたが。
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