相変わらずアホの考えることはわからない。
「んーだからさ、何も保証人になれつってるわけじゃなくてさあ」
「そもそもあらゆる頼み事はあり得ねェだろうが! 立場を考えやがれ不良浪人」
「だから立場を考えてんだけどなァ」
「どこがだ」
土方は眉を寄せて息を吐き、古びた土壁に背をつけた。
「あと状況も考えろ」
「そんなことゆってさあ。副長サンの方も忘れてたんじゃねえの?」
「……」
それは反論できない。できれば忘れたいというのが本音だった。
(だいたいちょっとばかりテロリスト立ち寄り疑惑があるからってよ)
何も鬼の副長が、夜なべして見張っていなくても良いだろう。
いや、本当は他に仲間もいるはずだったのだ。そして酒盛りをする予定だった。局長が酒で嫌なことがあったらしく、屯所では酒を見るだけで愚痴をこぼすので。
しかし今、ここには土方しかいない。寒い。一応、仕事として了解してしまった以上、屯所に帰るわけにもいかない。
これが誰の策略かなんてわかりきっている。あまりにわかりきっていて追求できないほどだ。
(あの野郎、俺がバカしたらすぐ突っ込んでくるだろーしな)
まだまだ消えてなるものか、などという活力は、もしかするとあの男が起こしているのかもしれない。そう思えば有り難いことだ。
(なんてな)
考えるだけで腹が立ってきた。
「あー、何考えてんの、眉間に皺寄ってんぞ」
「……るせえ」
目の前の男も、これもこれだ。なんだって自分が元凶だとは一ミリも思わないわけだ。
「俺がここにいるのに考えごとなんて酷くね? 俺達こんな仲良しなのに」
「だから何なんだおまえは!」
「言っただろー。金貸してくれって」
「あっさり言うんじゃねえ。逆に身ぐるみ剥がすぞコラ」
土方は深く溜息をつき、ずるずると床に座り込んだ。表を見張るのに丁度良い廃屋で、服が汚れるなどと言っていられない。
「だいたいだ。どうやってここを見つけやがった」
「さあ。愛じゃね?」
無言で愛刀に手をやってみたが、ちっとも反応しない。舌打ちして、また溜息をついた。
銀時は実におかしそうに性格ひねくれてそうに笑って、すとんと目の前にしゃがみ込んでくる。楽しそうにしている時は、死んだ魚より気味の悪い目だ。指をチョキにして目潰ししてやりたくなる。
「いや、ほんとに愛だって。こんな愛されてんのに自覚ねえのな大串君」
……やってやろうか本気で。
「ってか仕事に支障来すから覚えといたほうが良いぜ。ここの隣のおみっちゃんは色男に目がねえのよ」
「……おみっちゃん?」
「ここの表でそーわそわしてやがるから、聞いてみたら人相をそりゃもー詳細に教えてくれてな。んで、しかも窓から煙が漏れてやがる」
土方は言葉もなく、フィルターを噛んで夜空のきれいな窓を見た。
「隠密には向いてねェよなあ」
あまりに大らかに笑われた。なんだってあらゆる意味で悪目立ちしている男にこんなことを言われなければならないのだ。
「……ことの次第はわかった」
「おー。わかってくれましたか」
「だから帰れ」
「うあ」
銀時はわざとらしく裏切られたような顔をして、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。さてどーしようかなあ、というところだ。からかう術を探しているような。
「うん、だからさあ、ちょいと金を」
「金がないのはいつものことだろーが」
「そうなんだけど」
困ったように視線を天井に飛ばしている。これはもしかしてよほどのことだろうか。とうとう食うもんもなくなり、餓死寸前だとか。
(いやいや)
この気の抜けた顔で餓死寸前はない。
「神楽がパンツをさァ」
「……待て。ちょっと待て。それ以上何か言いやがったら」
「一枚っきりしか持ってねえんだわ」
「おまえんちの家族の事情なぞ知るか……!」
「いや照れるな照れるな、おじさん」
「だ」
「別にパンツくらい一枚ありゃいいと思うんだけどさァ、ほら可哀想じゃねえか、友達にうんこパンツとか言われて小便漏らしたりした時もあれだ、着替えがねェから素でブルマを」
怒りのあまり倒れそうになったが、どうにか土方は持ち直した。ニヤニヤと笑いながら銀時は喋っている。つまりこれは、あれだ。
「……嘘だな?」
「ウン」
「……嘘なんだなっ!?」
「逢いたくて」
思わず舌を噛むところだった。それが顔に出ていたのか、銀時は大笑いし始める。怒るどころでもなく土方は、なんだかとてつもない疲労を感じた。
なんでこんな男と話してんだろ。
「……それも嘘だな」
「ほどほど」
何がほどほどだ、と突っ込むのもやめる。バカの相手をするからバカになるのだ。
「わかったから帰れ、もう」
「あー、でも金借りに来たってのは嘘でもねえのよ、実は」
「貸さねえからお門違いだ」
「お門違い」
「だから立場が」
「こないだ寝た立場としまして」
土方は大量のアンコを食わされたような気になった。甘いような気がしないでもないが、なんだか、それ以前に窒息しそうだ。
「あれがいくらに相当するんだろ、なんて考えたわけだ」
「おまえの悪趣味に付き合ってられるか」
まともに返したつもりだったが、やはりおかしかったのだろう。銀時は目を三日月型に細めた。
「悪趣味なのはどっちだろーなァ」
「……おい、なんだその言い草は」
「いやいや。とにかくだ、俺が悪趣味ならおまえも悪趣味。お互い様で行こうや旦那」
ひく、と土方は頬が引きつるのを感じた。
「まさか脅そうってなら、そんな話には乗らねェからな。こちとら警察だ。おまえの罪状なんざいくらでも」
「まあ、待った」
嫌な笑顔のままで制してくる。どう出るつもりかと、額に汗を感じながら土方は剣の感触を掴んでいた。とりあえず。
脅される材料がある、というのは認めざるを得ない。
なんだって、あんなだ。
「ちっと気になってたのよ。つまりあの時のアレって、おまえにとっていくらくらいのこと?」
「……は?」
「どのくらい重く取って良いのかってこったな」
どのくらいも何も、重く取って貰ったほうが困る。こいつだってそんなもんだろうと、ぽかんと口を開いて見た。
わかんない人だなあ、と銀時はわずかに目を眇めた。
(……ああ)
それで終わりにしようって話か。確かに金銭のやりとりでもありゃ、それで終わった話だ。そういうことだった、と認識できるはずだ。
確かに気楽な提案ではあった。
「なァ、土方サン」
滅多に呼ばない名を口に出してまで、何を考えているのか。提案も馬鹿馬鹿しさもわかったが、
(読めねぇ)
からかって遊んでいるのか、それとも思惑でもあるのか。単に片づけたいという腹なのか。
中身も見せねえくせに悪ぶった態度が。
「気にくわねェ」
「いやま、そうでしょうけども」
笑っている。本気で斬り捨ててやろうとも思ったが、それはそれで落ち着かない話だ。どこに落ち着けようとしているのか、もっとも自分でもわからない。
「値段だと?」
「そう、値段」
少し驚いたような、子供のような瞳が見る。なんだか自分の方が悪いことをしているような。
どのみち卑怯な男なのだ。
「おまえの値段って話だな、坂田銀時」
「まあ、そうなるだろうな?」
伺ってくる丸がそれだけで動揺させているのだと、なんと呆れたことだろう。ふぬけとはこういうことを言う。
感染している。
アホの側にいるとアホになる。当然、ふぬけも移るだろうし何もかもだ。
「なら買ってやるよ、いますぐ」
「いますぐ?」
「こないだの分は時効だ。後から代価を求めるなんざ、条例に引っかかるぜ」
「……そう来る」
銀時はまた楽しげに対応を考えたようだった。ひとまずのように顔が近づいてくる。こちら真意を探ろうとでもいうのか、瞳は少しだけきれいに見える。
いつもより、少しだけ。何もかも見通してきそうな瞳は苦手だ。苦手だが。
苦手だが嫌いではない。いや、嫌いではないから苦手だ。
「どーう、すっかな」
考えがそのまま言葉に出たように、ぽつりと落とした。まるで悪意のない調子だ。同じ表情を見ながら、土方は返した。
「悪い話じゃねえはずだ。キスひとつ、買ってやろうってんだから」
「ああ……キスな」
そのくらいならいくらでも。
「ほら」
「………………」
近づいてきた銀時の顔が、止まった。
「ちょっと待って下さいよ」
「なんだ」
「……大串君の唇は、どうしてぬめっているのですか」
「知るか。うざってえな、売るのか売らねえのか」
「いやなんかもうそういう問題じゃな……うぇっ」
悲鳴を無視して噛みつくように口づけた。なにしろマヨネーズは標準装備だ。これを持ち歩いていなければ、あらゆる味覚は紙のごとしだ。
理解できない奴がバカなのだ。
「ちょ……っ、ぎゃあ」
マヨネーズをたっぷり含んだ唇を、唇に押しつける。いや暴れるもんだからあちこちだ。顔中マヨネーズな男。これはこれで困りものかもしれない。
この男にときめいてる、ような気がしてくる。もちろんそれは間違いだ。土方はマヨネーズが好きなだけなのだ。
と、少なくとも今は思っている。
「ん、ん……ぅ、」
ぴちゃぴちゃと音もする。銀時はもがいているが、抗う様子はなかった。マヨの魅力に負けているのかもしれない。あるいは。
本当に別に、抗う気がないとか。
どっちでも構いはしなかった。土方だって美味な唇を味わいながら、なんだか良くわからなくなっている。考えない方が良いのかもしれない。
色々と、問題だ。
「……、うぁ」
唇を離すとぐったりとして、銀時がわざとらしく床に倒れた。額に手をやって天井を見ている。
「気持ち悪ィ……」
その唇はきらきら、月明かりを反射している。マヨ好きながらも悪趣味な光景だ、と土方は自覚していた。
頬にも鼻の先にも、ぬるんとした汚れが見えている。
「失礼な」
土方はかなりうんざりした気になってきたが、努力して平然と告げた。
「この味がわからんとは、かなりの野蛮人だぞ」
「野蛮人というか……、」
珍しくも銀時が言い淀んだ。その続きがどう考えても聞きたくなく、とりあえずやっぱり斬りつけようと思った。
少なくとも逃げてはくれるだろうから、平穏だ。こんなさまをずっと見ていたら、気が狂う。アホになる。どうしようもならなくなってしまう。
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