どうせ行った先々で出会うくらいなら、最初から同じトコにいた方が良いと思うんだよね。
「はァ?」
「そういうわけで、よろしく」
なんつって隣にころんと横になったのは白髪天然パーマ。思わず眺めてしまってから、土方はどうにかこうにか我に返った。
「……って何してんだテメー。帰れ。泣いて帰れ」
「いやんだって同じ映画見たじゃん」
「何だそりゃ意味わかんねえ。説明してみろよ馬鹿なりに」
「だからァ」
伏せていた顔があがり、眠そうな瞳に出会った。これは演技ではなさそうだ。どうせ死んだような目はいつも眠そうではあるが。
目の下にくまができてるくらいだから重傷だ。
「同じ映画も見たし一緒にサウナも入ったしー。俺ら友達じゃん親友じゃん。だからちょっと場所貸してよこのくらい」
「断る。……って寝るんじゃねェ!」
「いやもう遅ぇぜ。借りたもんは俺のもんよ」
「おいコラ。ふざけてっとマジで蹴り出す……」
しかしその言葉も聞いていない。すぴーすぴー寝息を立て始めたアホを見下ろして、土方は愕然とした。
なんだこりゃ。
ここは天下の真選組屯所である。しかも副長のいる目の前だ。間違っても、出自の怪しい駄目男が同時に存在して良い場所ではない。
だいたい同じ銀河系にいるだけで腹が立つのに、なんでこの距離だ。確かになんかふざけたことを言っていた、嫌がらせのように出会うのは嘘ではないが。
「おい……斬るぞ」
意気込んで言ってみたが、アホは「うーんむにゃむにゃ」とか言ってるだけだ。とても冷酷に斬れる状況ではない。
腐ってもこちらは武士。寝入ってるアホを問答無用で斬りつけるほど落ちぶれていない。アホじゃなくて悪人だったら簡単なんだが。
悪人か? 悪人という気もする。しかし。
(つまんねえしな)
ちっ、と舌打ちして柄に置いた手を離した。斬りつけたとたんに目を覚まして応戦されたりしたら、それはそれで腹の立つことだ。馬鹿らしい。だから関わりたくないのだ絶対に。
「起きろ、天パ」
とにかく追い出すしかないと、転んだ身体を蹴りつけた。
「うーん」
しかし寸前に、べっとりした身体は床になつくように転がっていった。
「……」
もう一度、蹴りつけてみた。
「うーん」
転がっていく身体を冷たく眺めてから、土方は溜息をついた。くわえたままの煙草を大きく吸い、吐く。白い煙が虚しく流れていった。
「起きてんだろ」
何も答えがなかったので蹴りつけながら壁際に寄せてやる。むしろこのまま追い出すべきなんだろうか。それもいいかと思ったが、もう壁際だ。
いや、今は逃げられない。
踏もう。
踏みくちゃの揉み揉みすれば、ちっとはひねくれたとこが治るかも。いや無理かな。無理だな。これは腹いせだ。
とにかく脇腹のあたりを踏みつけてやった。
「……くふぅ」
妙な声をあげてアホが目を覚ます。なんだか目の端に涙が残っていた。眠いだけだと死ぬほどわかってはいるが、気持ちの悪い姿だ。
「うわ、何すんのよ、ひじかっちゃん。寝てる友達に悪戯するなんて」
「誰がひじかっちゃんだ」
「ふわ……」
また下らなく何か言いそうに開いた口が、欠伸に食われた。減らず口の代わりだと思えば欠伸もかわいいものだ。
それから、またとろとろと眠りかけている。小動物のようだと少し思ったが、一瞬後に目を剥いた。
「汚ねェ! 床を汚すな」
涎を擦りつけるようにしているので、頭を踏んでやった。がん、と顎をぶつけて、ああこりゃいけねえ。余計に涎を擦りつけることになった。
「ひでえ〜……」
実に情けない声をあげて、よりによってアホは足にがっしりしがみついてきた。
「っだ」
「友達が困ってるのにィ」
「だから誰が友達だ!」
「まあちょっと聞いとくれよ。神楽がさあ」
急に打ち明け話に入っている。これは確実に舐められていると思うのだが。やはり斬っておくべきだろうか。
「なァんか新しい遊びを」
「おまえらの遊びなんざ聞きたくねえ。口を閉じろ!」
「聞くくらい良いだろ。話を聞くくらいで疲れるほど、おまえの脳味噌ってミクロなわけ?」
「ちげー! 涎がまだ落ちてんだよ、この馬鹿がっ」
「あ、ほんとだ」
武士の情けでティッシュを差し出してやると、もずもずと食いそうに拭いた。
「いやァいけねえな、年取ると口元が緩くなっちまって。あと眠ィし、とにかくま、年だから仕方ねえよまったく」
「だあっから、寝るな!」
「ちっ」
「……なんだその舌打ちは。貴様まさかそれで誤魔化せると」
「つまりさ、かくれんぼなんだわ」
大きくのびて欠伸をしながら言う。この場所でそれだけ気を抜いていられたら、意味はどうあれ大物なのは間違いない。
だから許してしまうのだろうか。
いやいや、と首を振る。アホのふざけた死んだ魚を認めているわけではない。あるはずがない。ないったらない。ただ、まともな人間ではないということだけは、これは信じないわけにもいかんだろうと。
「俺が寝てても探してくるんだわ。まったくオイタな年頃で困ったもんさ」
「だからそれで何でうちに来るのかってきーてんだろうが、白髪」
「いや、まだまだ黒い髪も」
「ねえよ!」
「だからとにかく、ちょっと貸してよここ」
「……」
思いの外まともな調子で言うので、言葉に詰まった。なんだか、悪い女に強請られているような気になってきた。
駄目だ。
ゆすられるのは嫌いだが、ねだられるのは割と。そーやって殊勝な態度取ってりゃわりかしまじめな男に見えるものをって、いやいやいや。待て。
騙されてはいけない。
「……貸したらなんだ、礼でもしてくれるってのか?」
「うん、するする。ありがとう」
そしてまた転がって寝息。
「……」
無理難題を押しつけてやろうと思っていた身としては、肩すかしとしか言いようがない。
「おい」
何ともなしに、そーっと呼びかけてみても動きはない。寝入っている。
「おまえな」
きな臭い過去を持って、きな臭い生き方をしている男が。
こんな無防備に眠るものではない。なんだか背中を掻きたい、もぞもぞしたい気分になってきた。
「……そうか」
許すでも認めるでもない、これはほだされてしまったのだ、と納得した。息を吐く。自分に呆れたことに、煙草の灰が落ちてしまっていた。
火事になるところだ。
だいたいこいつと一緒にいると、調子を崩されていけない。もう放って置こうと思った。起こしたら面倒なことになるのだから。
「あ」
と、寝顔だけはひねくれてもいない男が目を開いた。眠気に負けすぎてきたのか、死んだ目というよりは、とろけた目だ。
「……なんだ」
「そこにいてくれ」
ざり、と音がした。なんだそりゃと慌てて、自分の口で噛みきられた煙草を取り上げた。
「……」
「いてくれねえと俺、誰か来ちゃったら問答無用で不審者じゃん。追い出されんじゃん。だからそこにいて友達しててくれ。な、あとでたっぷりお礼するからうんありがとー……」
勝手なことを言って、また寝入っている。
「……ふふふ」
なんだか、なんか、切れた。
そうだ面倒なことをしている場合ではない。ほだされるのだって必要がないのだ。こんなやつはアレだ、そうだ、アレだ。
斬ろう。
そうだ、もう斬ろうと思った。斬っちゃおう。
「ふ」
七面倒くさい、わけのわからんものと向き合うよりは。てっとりばやい決断に限る。拙速は巧遅に優るというではないか。
その通りだ。
何かとんでもないものに、はまりこんでしまう前に。
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