「そんでお礼にデートしてやろうと思ってさ」
「掃除代払って帰れ」
「なにさそれ。なんでも金で解決しようなんて汚れた大人の意見だぜ。俺あんたにだけはそんな人生送って欲しくなかったわ」
「おまえがよだれ落としたとこに黴が生えた。ほっとくと毒を振りまく悪性の黴だそうだ。特殊な洗浄が必要だから請求書はこれだ」
「うわあ、俺のが大変じゃん。俺の身体んなか黴だらけ?」
「だろうな。線香くらいはあげてやる」
「心配すんな。道連れにしてやる」
「……」
「……」
互いに無言になった隙に、銀時は突きつけられた請求書を取った。うむうむと読み進めてから顔をあげる。
「ここんとこ何て読むんだ?」
「あ?」
「ここだよ、ここ。良く見てみ」
嫌そうながら顔を近づけてきたので、唇に挟まった煙草を引っ張った。
「おい」
「真選組副長さんはケチじゃねえでしょうが」
そして掠め取った煙草を、がっしりと歯で噛む。
土方はますます嫌そうな顔をしたが、奪い返しにくることはなかった。案外、ヤニ好き同士が欲しいのかもしれない。
それはさておき銀時は、ねりねりと請求書を捻って棒状にした。
「すーっ」
と、勢い良く息を吸い、煙草からそこに着火する。予想以上の勢いで紙はめらめらと燃えてしまった。
「よし」
「……ま、いいけどな」
これまた予想外の反応だ。それはそれでつまらない。やっぱ、逃げられるより逃げた方が勝ちみたいなとこが。
「良いのかよ!」
せっかくなのでつっこんではみたが、また反応は薄い。面倒そうに土方は首を振った。そうするとただの良い男だ。
中身はただの良い男じゃないので、これもいまいちだ。
「嘘つきめ」
「はァ? ったく。わけわかんねえ。とにかく帰れ。どうせおまえに金があるわけねーだろ」
「む」
そう言われるとまた、どうも天の邪鬼な気分になっていけない。いや、むしろ狙ってやってるのか?
じゃあ期待に応えないとダメか?
「おーい」
背中を向けたそうな土方へ。がじがじとフィルターを噛みながら言ってやった。
「忘れ物」
「いらねェよ。好きにしな」
「俺もいらねえよ肺ガン誘発剤なんか」
「……」
むっとした顔で土方が振り返った。なにしろ煙草で文句を言われるのが嫌らしい。
「返せ」
「だから返す、つってんだろ。ほぉれ」
唇を突きだして見せてやると、また、む、と眉を寄せたが手を出してきた。そんなもん捨てろとか言やぁいいのに、妙なとこで真面目な男である。
いや、真面目なんだけどさ。
真面目すぎて悪に走ってるようなとこが、こう、なんか笑えるっつーか。いつの時代の不幸しょってんだろって感じが、あれだ。
とれんでぃじゃないよなァ。
しかしくわえた煙草取り返そうってくらいだから、こりゃ黴は嘘か? 嘘だったら良いなあ。前にも誰かに言われたことある気がするなァ。夢か?
夢だなきっと。
「ん」
煙草に手が触れる前に、くいっと上向いた。火の残像をつけて煙草が逃げる。
「おい」
「ん? なんだよ、いらねェの?」
「……」
ひくりと眉間のあたりが揺れた。これは怒りだすなと予測したが、どうにか堪えたようだった。すぅはぁと呼吸の音が聞こえるようだ。
「てめーの唾液がついたもん、捨てたと同じだ」
「唾液ねえ……」
「好きにしろ。俺はもう知らん」
銀時は煙草を指先で挟み、ぷは、と息を吐いた。
煙が空に上がっていく。この光景を何度も見たなァ、と回想してみる。
やってることが喧嘩だろうと無駄な言い合いだろうと、毎日毎日同じことしてたら、そりゃ多少の仲間意識は芽生えるわけだ。悪友っての? ラブ&ピース美しいねったら。
本当のところを言うと。
眠気にたまらん強襲を受けた時、自分でもろくに考えず目の前の男のところに行っていた。いや、良く考えてないのはいつものことではある。人間、思考するからろくなことしねェんだよ全く。
「その緩んだ口で、せいぜい落とさねえようにしろよ」
これが捨てぜりふらしい。
ぷは、とまた煙を吐き出して、銀時はそれを目で追った。緩んだ口。しまりがないとか前にも言われた気がする。記憶が曖昧だが。何て答えたっけ?
答えなかったのか。
「なァ、土方さんよ」
返答はない。
しかし気にしてるのは丸わかりというか、もう怒るまでもいかない、慣れてしまったのだろう。これはつまらないことか、けれど悪くもない気がした。なぜか。
「煙だけ、返してやろうか?」
いぶかしさにか、不穏なものを感じたのか土方が振り返った。普通の顔だ。そうやってしてたら悪い顔でもねぇぜ、と言ってやりたくなる。それでまともに女がいねえって、性格が悪いと宣伝しているようなものだ。
いわば不良物件。
だがとにもかくにも顔はいい。
唇を重ねるのにも抵抗がないほどで、これは冗談かもしれない。冗談だ。冗談でキスなんて何度したかわかんねえし、ただ相手に冗談が通じないからって知ったことではない。
重ねた唇を開いて、ふーっと、煙を。
「……っ、ぐ」
目を白黒させて土方が呻いた。あー、やっぱりなと銀時は思う。まともにしてたらただの色男のくせ。
痛そうな顔とか辛そうな顔とか。そっちの方が8割増しで良い男だ。
(Mっぽいなァ、この人)
もう一度、煙を吸って入れてやろうとしたのに、それはかわされた。そっぽを向いた唇は、それだけでなく大きく咳き込んだ。
「ヤニ中毒のくせに」
喉を鳴らして笑ってやると、振動まで伝わりそうな距離。強引に煙を吸わされた男は、目まで赤くして睨んでいる。……良い顔だ。
「なァ」
これだけ近い距離にいるもんだから、殺気より動きでわかった。殴ろうとしてるな。ええい、とどめまで言ってやれ。
「俺の口、緩くねえってわかっただろ?」
どうする? 避ける。そりゃ避けるよ。殴られたら痛ェもん。
でも殴られるべきかとも思う。なんだかオカシイことをした、今日は。
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