どうせ遅れてくるだろうと思ったのに、だらけた男は先にだらけて待っていた。転がって雑誌を読む姿に溜息をつく。
気にするだけ無駄かもしれない。
「よーう。遅ェな。遅れた奴がここの支払いだぞ」
「……いつも俺だろーが」
「いやいや。今日ばかりはそういったこともなくペナにしましょ。フェアにしましょ」
要するにタダの恩も売らせるまいということらしい。土方は呆れながら部屋に入り込んだ。どうせ予約をした時点で、こちらが払うことは決まり切っていたことだ。
「ま、いいけどよ。……食うか?」
持っていた袋を差し出すと、銀時は飛びつくように来た。
「おぉ珍しい。明日おまえ死ぬだろ」
「死ぬ時はてめェも迎えに行ってやるよ、喜べ」
「結構ですう。物だけで充分ですよおまえの想いは」
「後でうるせェからだろが」
たかりに来ているのかと思うほど、銀時は食い物をねだる。何度か奢ってやったのが拙かったのかもしれない。寝た相手が空腹そうにしていたら、なかなか放っておけるものではない。
「ほら」
しかし寝た後、のことであって、寝る前に食い物をやるのも珍しいことだ。土方はうんざりした指先で買い物袋を渡した。さきほど、通りかかりのコンビニで買い込んできたものだ。
銀時はふと、受け取る時に妙な顔をした。
顔をそらして土方は軋む椅子に座り込む。身体が少し重い。具合が悪いわけではなく、刹那に使いすぎたようだ。凝縮した時間の副作用のような。
「……別に良いけどさあ」
ぼそりと呟いて、銀時は袋をがさがさやっている。動きはいつも通りだが、表情が少し違う。まるで冷めてしまったような表情だ。
やはり気づいたのだろう。
買い物も誤魔化しには使えなかったようだ。一応、返り血は洗い流しているが。
「俺と会う前に人斬ってくるってどういう了見なわけよ」
大して興味もなさそうに、早速プリンを食いながら銀時が言った。土方は肩を竦める。なにも好きで出会ったわけではなかった。
「たまたまだ」
「たまたまね。……別に良いけどさ」
同じ言葉を吐いて、面倒そうに手を動かしている。とても幸せそうな食いようではない。まったくろくでもない損をしている、と土方は思った。
何をやっているのか。
浮気した夫でもあるまいし、銀時に媚びる必要などないだろう。おまけに、それにしても役に立っていない。
「たださァ」
ぽつりと銀時が言う。
土方は椅子の上にきっちりと腰掛けたまま、物憂くそれを聞いていた。
「どうせ斬るんだったら、おまえ」
ぷるりと揺れたプリンが唇に入る。美味しいと思っていないわけではないようで、少し唇が歪んだ。プラスチックのスプーンをくわえた唇。
「そんなじゃ、すぐ死ぬんじゃねえの」
「……」
土方はちらりと見てから、どうにも堅い身体を思った。興奮しすぎたせいだ。ペースを上げた動きに熱い血を浴びて、凍り付いたように止まってしまった。
「明日にでも死んでる」
「……親切だな」
嫌味でもなく呟くと、銀時は苦笑した。
「そりゃま、ナニ触れ合うも他生の縁というからよ。サービス」
嘘だろう。わかっていても土方は笑えた。
「死ぬかもな」
土方は呟いた。
怖いのでも、恐れるのでもなく、ただそう思った。鋭く肉を斬る感触と、そしてほとばしる血は、まるでそれこそが断末魔の叫びだ。身体が終わりだと知らしめるような、飛び散る種を連想させる。
あんな風に死ぬだろうと土方は思う。
「そのうち」
その方がきれいだ。この男の、無粋な木刀で殴り殺されるのは嫌だな、と思っている。もし持ち主を憎からず思っていたとしても。
「死ぬさ」
あっさりと銀時が言って、呆れたように続けた。
「人斬るたんびに、身体がっちがちにしちまってる奴なんてな。一番最初に死にやがる。ほんとなら」
「一番最初か」
残念ながら、もう一番最初ではない。そんな追求は役に立たないような気がして、土方は両手の指を重ね合わせた。
確かに堅すぎる。ひょいと指先に買い物袋を引っかけて、それだけで充分な指だ。
「なるほどな。おまえは確かに、誰より気楽そうだ」
息を吐き出して言うと、銀時は嫌な顔をした。どうせこの男を傷つけることなど出来そうにないと、土方は達観している。何を言ったところで埃のようなものだろう。
しかし仕返しの一つもされるかもしれない。
実際、銀時は立ち上がって近づいている。見下ろす視線にはまだ色がない。いや、見せていないだけか。
「しゃぁねえな」
「……なんだ」
「まだやってねえ体位もあるしな、うん」
「おい」
露骨な単語に眉を寄せたが、銀時はつかみどころのない笑顔だ。面倒くせえなあ、とまぁいいか、が半分ずつくらい。適当そうな指先が伸びてきて、土方の手を掴んだ。
「万事屋」
「そう、あなたの万事屋です奥様」
「バカ」
「こんなパキパキいいそうな手の人に言われたかないね」
その手を取って、軽く揉みほぐされた。
「……おまえはマッサージ屋かよ」
どうでもいい冗談は軽く上げられた眉に遮られ、銀時は土方の手を唇に寄せた。舌先がちらりと舐める。確かにそんなことをされれば、甘い温もりを感じてしまう。
とつとつと唇で関節を曲げて、それより上目遣いの視線にきた。
「……溶けた?」
「性感マッサージ屋か」
「あ、感じたんだ。こんなんで。天下の真選組も大したことねェやな」
ひくりと頬が引きつるのを感じた。こっちは人を斬ったばかりの男なのだ。興奮を抑えようと努力しているのに、怒らせてどうする。
もおいいや、という気になり、土方は銀時の手を掴んだ。
どうせ抗いもしないだろう。充分に発散させて貰うことにして、手を引いた。
しかし銀時が笑った。
「待てよ。このまんまじゃ俺、殺されそうじゃねェか」
「自業自得だ」
「あー。ほんとに待てよ」
笑って手を軽くひっくり返してかわされた。力の入っていない動きだ。こちらがガチガチなだけ、簡単に上手を取られる。
「ちょっと静めてやっから。そんくらい待てるでしょーが、おやつくれたお兄さん」
「……殺しゃしねえよ」
「でも酷くすんでしょ、俺あんまそういうの趣味じゃねェのよ、あんたと違って」
「誰が」
「だったら黙ってな。そんで後でみっちり優しくしなよ」
なんだか他人事のようだ。
どうにもなりそうになく、土方は溜息をついて好きにさせた。実際、このまま抱いても酷いことになりそうだと思ったのだ。
ムカつく相手だが、そういう痛めつけ方をしようとは思わない。
「やっぱこっちも、緊張してんのな」
腰のあたりにかがみ込んで銀時が言う。笑った吐息がかかってきそうだった。その軟らかい手は布越しに土方のものを掴んで、堅さを確かめるように動かしている。
居たたまれない気がしたが、今更、何を言うような仲でもない。
「ほんと、特別サービスだぜ。普通だったら金積んで欲しいんだけど。いや、今からでもお心づくしならいくら積んで頂いても」
その割に楽しそうな唇が、布地の上から先端を探し当てた。軽く挟んで、圧力をかける。こんなことで緊張が取れるものだろうかと土方は思った。
逆に、頭にまで血が上りそうだ。
「……ぎんとき」
「ん、なに?」
「斬りたくなってきた」
「あー、わかった。急ぎますよ、それでいいでしょが」
なんだかそれも違う気がしたが、銀時は器用な指先でそこを衣服から解放した。手慣れてやがる、と土方は思った。それはそれで興ざめな気がする。
「……ああ、冷めて良いのか」
「そうそう」
わかっているのかいないのか、ぬるい唇に包まれた。すぐに舌が絡みつく。腰から響く甘さに痺れ、土方は息を吐いた。
緊張の上に滑り込む痺れだ。なるほどこれは良くできている。興奮はしても、緊張などしていられない。含まれた部分にばかり意識が行って、両手足など感覚も失うほどだった。
「おまえさぁ、らからさ」
もごもごとそのままで喋るので、今度は殴ってやりたい。絡みついた舌がしつこかった。ぬるぬると過敏な場所に触れて、土方を何かの波で連れ去ろうとしている。
上向いた視線は案外に真剣だった。何を考えているのだろう。
「……も、ち、っと」
小さく呻いて、土方はふわふわした髪を見た。それから額だ。髪で隠れているはずの額が、少しだけ覗いていた。
それがなんだか、とても良い。
「……、よ」
銀時の言葉は音にならなかった。そんな場所の響きからだけ伝わって、土方は唇を噛む。身体のそこかしこに痺れが走って、緊張を阻害している。
ひどく感覚的に、わかったような気がした。
(違うか)
きっと違うだろう。
(心配させるなよ、なんてな)
頭に血が上りすぎている。銀時の口の中でだけ張りつめて、あとは置いてきたようにぐったりした身体だ。それに、と土方は思う。
いくらなんでも、この男に言われることではない。
しかし、少し笑った。自分の発想が面白かっただけだ。
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