「両方だったみたいよ、アレ」
寝床の上で身を起こし、暇つぶしに刀を磨いていた土方へ。銀時が退屈そうに欠伸をしながら言う。
「おまえと俺、どっちも処分したかったんだと」
「……どこでどうそんな状況が発生するんだ」
いい加減なことを言うなと睨んでみたが、銀時は肩をすくめただけだ。
「覚えてねえ?」
「なにが」
警察と不審者、両方をまとめて恨む相手。いるとすれば揉み合いになったさい、巻き添えを食った奴らかもしれない。
そんな考えがちらりと浮かんだが、反省する気には到底なれなかった。なにしろ悪いのは銀時だ。いつもそうだ。とにかくそうなのだ。間違いない。
「ちょいと前だなァ、パトカーでナニしてたところを」
「……」
「覗いてきた奴がいたから追っ払っただろ。奴ら」
思い出した。
そういえば、そんなでフクロにした奴らがいた気がする。どう見ても堅気ではない人材だった。何しろとにかく銀時が悪いので、やはり反省する必要はないのだが。
……とたんに土方は虚しくなった。
「はー……」
「溜息つくと幸せが逃げるぜ」
「てめェが疫病神だ」
「はは、良く言うな誰に助けられたと思ってんだ変態」
「自助努力だ」
「はァい?」
「そもそもてめェがいなきゃって話だろうが」
「良く言うわこりゃ。誘ってきたのはそっち」
「斬るぞ」
「その前になんで指切ってんのおまえ」
土方は無言で指を舐め、きれいに磨いた刀をしまった。
「誰が指を切ったって?」
「布団が血みどろなんですが」
傷口にシーツを巻き付けながら土方は冷静に言った。
「これは傷口が開いたな」
「……あのなァ」
「なんだ」
「意地っぱりはいいからよ、ちっと大人しくしてろよ。血が足りてねェんでしょが」
「大人しくしてる」
「捨てワニと戦って倒れたって聞いたぞ」
「……誰に聞いた」
また、口の軽い奴がいるものだ。そいつ斬ろう。
「ニュースになってた」
「……ほう。どこの局だ」
「やだよ教えたらおまえ局破りしそうだし」
「心配するな、まずおまえを倒していってやる。後のことは任せろ」
指をシーツにくるくると巻いたが、血が染みてきた。更にぐるぐるぐるぐると。
「今日は指が寒くていけねェ」
「……わかった。俺に貸しやがれ、もーこのバカ野郎」
「誰がバカだと。テメェにバカと言われたら世も末だ、バカキング。でも何かしたいならしてもいいぞ」
「あー。血塗れだチクショウ。おまえはゾンビかよ」
何を言うのも面倒になり、指を銀時に任せた。触れられるのにそれほど嫌な感じはしない。
ずいぶん慣れきってしまった、と土方は思う。
「こりゃ傷は浅いな、出血は多いけど。こんなもん巻くよりこうしとけ、こう。こうだ。心臓より上に」
土方は言われるままに腕を上げた。布団の中にいると、色々とものぐさになるものだ。しかし、怪我をしてない腕の方で良かった。
「こっちの手もこうすると、シェー……ぐふっ」
そのまま振り下ろして殴ってやると、上手くヒットしたらしい。床にばったりと倒れている。
「あー……ひでェ」
「何しに来やがったんだ」
「んー。だから報告ー?」
「暇人め」
「いや、銀さんけっこう忙しいのよ、今日なんか新台入れ替えディでさ」
「金がねえんだろうが」
「はずれ」
あっさりと言われて土方は黙った。まさかとは思うが、本当にただ見舞いに来たわけでは。
「一度は座ったんだけどよ、席を譲ってくれって話があって」
「……金でか?」
「だったらパチンコ屋行くわけねぇでしょ。米だよ」
「……」
バカだこいつ。
「やぁっぱさ、自分が狙ったトコ以外で打って出ないと嫌じゃん」
「いや、知らねぇがな」
欠伸をして土方は、身体を捻って運動した。まったく、寝てばかりだと身体がなまっていけない。しかし死にかけた身体は、なまったばかりではなく動きが悪い。
「だーから動くなって」
ふと、土方は目の前の銀時を見た。
「そういえばおまえ、どうやって……」
無理をしては倒れるということを繰り返したので、局長命令で見張りがいたはずだ。それも今日は、あの腕だけは信用できる男のはず。
「……まさか」
「ご名答ー。土方さんは頭が良いなサルにしては」
「いくら貰った」
「だから米だって」
「どんだけ」
「一俵、の半分」
絶対バカだこいつ。
「……そんだけで台を譲って、おまけに俺の見張りも引き受けた、と」
不審者に任せるなんて何考えてんだ総悟の野郎、というのはいつものことだ。それは諦めているが、何をやってるんだこいつも。
「米は重いからなァ、そりゃ命の米だから」
「金で買えよ、米を」
「あら無粋なことを」
「何が無粋なんだ。てめェの腐った頭じゃ考えられねえ交換か? 金はパチンコするためのもんじゃねえぞ」
「ま、朝から並んで眠かったってぇのもあるのよ。また寝かせて貰えるかと」
銀時は床に倒れたままで起きあがろうとしない。まさかこのまま眠る気かと、土方は眉間に皺を寄せた。
「おい」
返答がない。
「……寝るんじゃねえ」
こっちは既にたっぷり眠りすぎてもう眠れるわけもない状態だ。そんな怪我人を置いて寝る奴がいるか、それも目の前で。
舌打ちして土方は、もう踏みつけてやろうと思い立った。
「あ、ダメよ、布団から出んのはナシ」
寝転がったままで言われて従うはずもない。土方は起きあがろうとしたが、すぐに目眩を起こして動きをとめた。
「ほらな。実はサルじゃねェんだから大人しくしてな」
「……ぜってー蹴り出してやるこの野郎」
「あー」
うざったくも大きく溜息をつき、銀時が身体を起こした。
「仕方ない人だあ、ほんと」
「るせ。どっちがだ」
「俺がそっちいくから待ってなさいよ」
欠伸をしながらのろのろと銀時が近づいてくる。いかにも嫌そうな顔で、また腹が立ってきた。
「……なんであんな話、受けちまったのかなァ」
しかも嘆いている。その嘆きはもっともだが、やはり腹が立つ。うんざりしているのはこっちなのだ。おまけに寝煙草厳禁とかで取り上げられるし、常用マヨネーズもそろそろ終わりそうなのである。
「お休みのキスしてやっから、静かにしてなさいよお」
顔を近づけてこられて、土方は思い切り頭を突きだした。捨て身の頭突きのつもりだったが、銀時はひょいっと避けている。
腹の立つ。
「……あのさァ」
ふいに真面目な顔をしたので、言葉に詰まった。銀時の両手が頬に当たる。じっと覗きこまれ、まるで食われそうだと思った。
「これ、マジな話よ」
「……なんだ」
「ほんとに大人しくしてな。じゃねえと」
「だから、なんだ」
「襲うぞコラ」
「……」
「だいたいテメェ腹立つんだよ、一人で気絶しやがってよ。あの状況でそりゃねえだろバカか?」
「……」
目が据わっている。
「ああ中途半端に放り出されるもんだから、こっちは洒落になんねェ。あれでテメェが死んでたら、俺はなんだ、あのまま中途半端で終わりか? ……そりゃねえだろ」
土方は黙って聞くしかなかった。口を開くとまた、なんだかおかしなことを言ってしまいそうだったのだ。
だからこうして黙って、相手がバカなことを言っているのを聞くのが得策だ。あとで死ぬほど恥ずかしいに決まっている。こんだけ図太い男でも、きっとそうに違いない。
中途半端にするな、というのは。
「いいか、だからさっさと治しやがれ。わかったな?」
土方だってそんなことは思っているのだ。だいたい、途中で気を失って良かったはずがない。最後がどうなったのか何なのか、気になって仕方がない。
あるいはあれは夢だったのかと思うほど。
「……バカだ」
「言ってくれんな、このヤリ逃げ野郎が」
唇を尖らせて言うものだから呆れた。土方は天井を見て、それから目の前の男の顔を見、溜息をついた。
まさかキスで宥めるわけにもいかない。
「わかった、か?」
力強く問いかけてくる。土方はぼんやりとしてから呟いた。
「……覚えておく」
それから布団をかぶってしまったので、もうそれで終わりだ。じりじりと待っていると、あっさりと寝息が聞こえ始める。なんだか、これはこれで。
こちらが襲うかもしれないなどとは考えてないのか?
負けっぱなしのような状況だ。腹立たしさは消えずに、むしろだんだん大きくなった。このまま、負けているのは嫌だ。
床に手をつき、そろそろと布団から出る。この際、格好悪さは気にしない。どうせすぐの距離であるし、負けっぱなしのほうが格好悪い。
立ち上がることなくじりじりと、銀時の寝顔まで辿り着いた。
さて。
どうしてくれよう。
安らかな寝息を聞いて考え、土方は顔を近づけた。なにしろこの寝息がいけない。何も唇を求めたわけではなく、この息を押さえたかったのだ。
そう思いながら唇を重ねた。
穏やかだった呼吸が止まり、うっすらと銀時が目を開く。なんとも呆けっとした目だ。もう5分寝かせてくれとか、なんかそういう目だ。
構わずキス、というより、口を口で覆っていると、すうっと銀時が鼻で大きく息をした。眠そうな目はどうにか土方に向けられている。
無防備だ。
ひねくれ者のこんな姿は悪くなかった。これはか弱い者ではない。そんな、振りをしているバカだ。いくらでも好きにして構わない気がした。
胸元をはだけて手を這わせる。少し目眩がしたが、すぐに意識がはっきりした。つう、と指で触れていく、肌の感触もリアルだ。それからわずかな震えも。
見れば銀時の睫も揺れていた。眠そうだか、気持ちが良いのかわからない。眠くて気持ちが良いのかもしれない。
首筋に顔を埋めて吸い上げると、ぴくりと銀時が動いた。何かを感じた動きだ。土方は手応えを得て、肩のあたりを甘く噛んだ。また小さな震え。
身体に乗り上げると、不思議なほど簡単に支配される。放り出された腕まで愛おしく思え、土方は首を振った。なんだか、いけない。
ただ緩くバカのような光景と、快楽があればいいと思った。
そうはいかないのだろうか。始まることは終わりと同じだ。今の状況を、腹立たしい状況を、はたして自分は気に入っているのだろうか。
指を下げて胸元を辿ると、銀時が唇をわずかに動かした。ちらりと舌が見える。目はひたすら眠いままなのが、また妙な違和感を寄越す。嘘のようだ。
全ての感触が現実感をなくし、この男は目の前にいるのだろうかと不審になる。
まばたきをした。
「……あ?」
視界が歪んだ。
「この、ボケナス」
小さく低く、けれど辛辣に銀時が言った。
それは確かに怒るだろうと土方も思った。腹は立つが、それは理解できた。ここで放り出されたりしたら。
たまには土方だって反省するのだ。
しかし絶対に謝るまいと思った。なんだか、とにかく謝るまい。
(だってなおまえ、悔しいのは)
何も銀時ばかりではない。
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