からかうには面白い奴である。
 なんだかんだで素直でバカ。悪ぶってもそれほど酷いこともできないのだから、吠えるだけ吠えていてもかわいく聞こえる。たまにムカつくがムカつきもしない奴より面白い。
 ので、おもしろがっていただけでこんなことになるとは本当に思っていなかったのだ。
「あのさ、だからさァ」
 銀時は乱れすぎた布団にだらだらしながら、側の男に苦情を言う。
「終わったあとに一服は許そう。まぁな。おめえに守って欲しい情緒なんざねェし」
「……なんだ?」
 気怠そうに面倒そうに土方が視線を向けてくる。どちらかというと、こっちの方が事後っぽい雰囲気だと銀時は思う。
 というか自分が気怠そうにしていると、大抵ダメ人間にしか見えないのはわかっている。しかし何ぶんにも軽い方が楽だし、人生楽しくないと。
「それはやめろ」
「あァ?」
「それだ、そのペチャペチャ食うの」
 土方の手には丼がある。何を思ったかこの男は、事の後にマヨ丼を食いやがるのだ。このさい趣味には目をつぶるとしても、なんで今だ。なんで寝た後だ。
「……何が悪い」
 拗ねたように言って、土方はがつがつペチャペチャ食い始めた。全く耳を塞ぎたい気分だ。こいつ絶対、三半規管のどっかとかなんかやられてるぞ。ぐちゃぐちゃのパーだきっと。
「気持ち悪ィんだよわかんだろーが」
「わかんねぇな」
 笑って言う姿は明らかに、これは嫌がらせだ。自分が変な趣味だからといって世間に仕返しをしているつもりなのだ。なんてこったひねくれている。女が出来ねえのも当然だぞおまえ。
 なんつって言いたいところだが、喉が痛い。
 少し盛大に喘ぎすぎたかもしれなかった。その方が良い顔をしてくれるのだ。息を乱しながら縋り付き求めてくる姿は、なかなか悪くない。
 それはそれで我ながら良くない趣味だと思うが。
 まあ、必死な子供ほどかわいいもんである。実はもちっと焦らしてやりたいとこだったりするのだが、それは遠慮している。いきなりもどうかっていうか、楽しみは後にしたいという気になったのだ。
 目の前のものを我慢する、というのも近年になく面白い。洒落にならなく楽しかったりする。
 アホだなあ。
 互いにアホだなあ、と。
「……何笑ってやがる」
「ひみつ」
「おい」
 眉間に皺を寄せて土方が嫌な顔をした。唇を寄せて舐めてやりたいなあ、などと思ったが、それも我慢しよう。驚かれるしな。驚かせる材料は、また大事に使おう。
 まだこのところ。
 土方は銀時と寝るのに慣れていない。だからそれだけで驚き。ちりちり、痛むような距離感が良かった。だから。
 いや別に、最初からこうしようと思っていたわけではないのだ。本当に。言うならばノリと勢い?
「いや単にさ、ピチャピチャ舐めたあとでそんなもんピチャピチャ良く食えんなぁ、と感心しておりますのですよ」
「舐め……」
 眉間の皺がぐっと濃くなり、丼を横に置いた。近づいてくるのは幸いだった。怠くて起きあがるのが面倒くさい。
 何をする気だろうか。期待して待っている。
「喉が渇いただろ?」
 と、土方はよりによってマヨネーズを一本、差し出してきた。これは酷い。こちらの弱味を知った上での横暴だ。うえ。
 さすがに情けない顔になったのか、土方はおや、という顔をした。
「水、飲みてェのか」
「土方君のしょんべんよりは」
「……おい」
 とたんにうんざりした顔をして、べしりと頭を叩いてきた。
「あ、イタ」
「なんでてめェはそう」
「痛ぇって。ああ酷い。やるだけやったら後は暴力なんて」
「本気で殴るぞ」
「マヨネーズをかける以外のことならいくらでもしてくれ。頼む」
 溜息をついて土方は立ち上がり、さっさと上着を羽織っている。適当に姿を繕うと、さっさと銀時の前からいなくなってしまった。
「おーい」
 扉の閉まる音。ちょっと遊びすぎたようだった。
 次はもうちょっと上手くやろう、などと考えながら銀時は布団に潜り込む。それにしてもマヨネーズに対する奴の忠誠は宇宙並だ。局長ゴリラとどっち選ぶんだろ。
(俺とだったら、絶対あっちでしょうけど)
 それは少し悔しい。なんだかこっちはこんなに愛でているというのに、切ない話だ。それはもう千尋の谷から突き落として上がってくるところをマヨネーズかけてみたいくらい。そしたら喜ぶかなあ。
 喜ぶかもなあ。見てみてえ。
「……うん?」
 まどろみながら考えていたら、ドアの開く音がした。他の誰が入ってくるはずもないが、少し意外だ。
「忘れ物?」
「何を忘れるってんだ」
「大事な俺とか」
「それは一生忘れたいとこだ」
 その割に戻ってくるわけね。
 買い物をしてきたらしく、土方はがさがさと袋から赤いものを取り出した。赤くて、少しいびつな丸だ。
「……りんご?」
 まさかそれにマヨネーズをかけるとかだったら泣けるかも。
「食え」
 差し出されて普通に困惑した。何言ってんだこいつ。喉が渇いているとは言ったが、林檎で喉が潤うか?
「腹減ってんだろ」
「はィ?」
「じっと見てきやがって」
「……まさかと思うけどおまえ俺が腹減ってアレを見ていたと」
「そうだろーが。面倒な奴だな」
 おいおいおいおい。
 呆然としてどうにも何も言えませんが。
 そんな間に土方はまたいそいそと、コップについだ水を持ってきた。いや、それは正解だ。それはいい。受け取って喉を湿らせた。うん、生き返る。
「俺のはやんねェからな」
「いや、いらねえけど」
「ふん」
 まるで意地っ張りめ、という調子だ。あきらかに人生を間違っている調子だ。銀時はしばらくそれを見てから、とりあえず林檎を囓った。
 うん、美味い。
「……とりあえず、なんで林檎?」
「表に八百屋があった。野菜よりいいだろ」
 あそう。急いで買ってきてくれたわけな。
「そうだな。それと」
 ……面白え。
 うきうきした気分を隠さず、にーっと笑いながら銀時は言う。
「俺はたとえ親の死に目だろーとも、てめェの気色悪ィ丼なんざ食わねぇよ」