落下する夢を見た。
ご丁寧に衝突した痛みまである夢だ。そして目を覚ますと、土方は安っぽい汚れた天井を見上げて床に転がっていた。
背中が痛い。
どうやらベッドから落ちたようだと気づいたが、なんだってそんなことに。ってか、ここ何処だ?
「……ホテル?」
それも安いホテル。この手の場所を利用したことがないでもないが、今は出張中の記憶もない。安ホテルに泊まるくらいなら屯所を使えば良いことだ。
とにかく頭を振りながら起きあがる。まだ眠気が残っていた。身体のあちこちが痛いのは、どうも落ちたからだけではないような。
腕にあるのは木刀の打撲痕だ。
「ああ」
ぽん、と手を叩きかけ、そのまま動きをとめた。
(そうだ。またあのバカと逢って、バカなこと言いやがるもんだから……そんで、)
ベッドに手をつき、ひとまず立ち上がろうとした。安い軋みがある。あまりに安ホテルすぎて、なんだかここはまるで。
「……」
と、土方はベッドの上を見た。
「すぴー」
なんつって寝息をたてながら眠っている。見覚えがありすぎる顔を、見るだけで腹の立つ相手だが、この場合は呆然とするしかなかった。
なんか肌もあらわだ。あらわというよりもうマッパに近い。真っ裸。
「……こいつァ」
ぐらぐら痛む頭を抱え、土方はふらついて床に座り込んだ。一瞬だけで焼き付いた姿が何度もフラッシュバックする。しつこい。
「また、もの凄い冗談だな」
野郎の裸なんぞ見慣れすぎて気色悪ィと思っているのに、妙に動揺している自分は何だ。これは。条件反射? 昨日の記憶?
なんかあったんですかィ。
「つって」
逃避している場合ではない。頭をがしがしと掻いてから、土方はどうしたものかと前向きに考えた。
とにかく、現状がそうである。それは認めよう。
記憶を封じていても前に進めない。それも認めよう。昨日、アホが何か突っかかってきて、こっちも冷静に対処したわけだが、なぜか泥沼化して、こうなった。
(なんでそこから飛躍する?)
揉み合っているうちに非常に下劣なことだが相手が下劣だから仕方ないわけで、金的攻撃など始めてしまったのだ。ついにはタマの潰し合いになり、そして、
(そして……)
遠い目になってしまってから、我に返った。
(とにかくバカなことだ)
バカな話だ。ここまで付き合っただけでよほど自分がバカだというだけで、これ以上、コレに関わる必要はないだろう。
(帰っちまえ)
下劣な男を一発殴っておきたいところだが、目を覚まされると面倒だ。
「よし!」
「なんか決めた?」
「……」
アホがけだるそーにベッドに頬杖をついて、こっちを見下ろしている。土方が目を上げると、また妙にだらけた顔で笑った。
「へよー土方君。副長の朝は元気にお目覚めかね?」
わけわからん。
意味不明な存在から逃げ出したかったが、どうにか留まった。これも意地だ。土方が起きた時には寝ていたはずの銀時が、からかってくるほど元気なのだ。
ということは今、動揺していたら確実に負けではないか。
「……そちらこそ、万事屋の天パは朝から激しいな」
「激しいって。っぷ」
「何だ」
「昨日言って欲しかったねェ、そりゃ」
「……」
土方を沈黙させると銀時は、ベッドの上でぐにょんと延びた。本当にぐにょんという感じで、途中で曲がって落ちそうだ。
身体、たるんでんじゃねえの?
そう言いたかったが無理だった。どうしても昨日の記憶が。ああクソ。俺は負けているのか?
少なくとも目の前の男は平然としている、ように見える。バカはいつものバカだ。そうか、バカだから動揺しないのだ。
やはりバカに構ってる暇はないのだ。
「あり、どしたの」
「帰る」
「もう?」
「用事はねェだろ」
「へー」
銀時は唇をとんがらせて、変な顔で白々しく言った。
「……なんだ」
「こんなことしといてさっさと出ていくわけだ」
土方は呻いた。そう言われれば、そんな状況である気もする。男としてダメな気もする。しかし相手も男の場合、これはどうなるんだ一体。
だがとにかく、やるこたやった記憶はあるのだから反論できない。
「ダメ男」
「なんだと?」
「無責任男。そんなだから女の愛ひとつも勝ち取れねェんだろ」
ひく、と心臓まで引きつけを起こすところだった。これはムカついた。しかしながらここで蹴り及び拳を出すというのは。無責任どころの話ではないだろう。暴力男だ。
「……連帯責任だろ」
弱々しく土方はそう言った。ああ、と銀時はわかったように呟く。
「男っていつもそう言うんだよなァ」
そろそろキレそうだが、やはりまだ我慢しよう。我慢だ。やっちまったものは仕方ない。大人になれ、耐えるんだ土方一四郎。相手はひねくれた精神子供じゃねえか。
(そうだそうだ)
とても大人とは思えん。ただのガキである。そう思わなければやってられない、というのに。
子供にしちゃいかんことをした朝に思うことではない。
(いやいや)
子供というのは下ネタが好きなもんだ。子供ほどやたらセックスしたがるものなのだ。そうだ。
「じゃあ、なにかな」
できる限り優しく優しく、甘い声をつくった。自分でも鳥肌がたつものだから、さすがのバカも沈黙したようだ。
「おまえをとっておきの美女のよーに大事に扱ってやりゃ、それでいいっつーんだな?」
「……」
銀時は何も言えなかったようだが、まだ油断できない。瞳は真剣にくるりと回って、何か下らないことを考えているようだ。
予想通り、にーっと笑った。
「じゃあ責任をとって朝飯買ってこい。昨日体力使ったからなァ。それはもー、豪華な朝食じゃねえと」
「……わかった」
金ですむなら簡単なものである。まかり間違ってこのことが、隊内にバレたりしたら責任問題だ。最悪、辞職に追い込まれる。後がま狙ってるやつがいるだけに。
「ほれ、さっさと行って来い」
欠伸をしながら、また気怠げに言う。なんでこんなのに勃ったんだろうなと土方は寒く考えたりした。
「なーんですか、その目は?」
嫌味ったらしい調子でアホが責めてくる。ちっと舌打ちしたところ、また頭に血が上るようなことを言ってきた。
「おまえが泣いて嫌がるから、抱かれてやったんだろーが」
「……おい、待て。誰が泣いた」
「きのうに決まってんだろ。半日前の記憶もないなんて若ボケかしら怖いわ奥様」
「だーれーが、泣いたって?」
近づくと、負けるまいと銀時が身を乗り出してくる。しかし驚いたように目を上げた。
「ん?」
「……ほら、さっさと行って来い。言いふらすぞ」
土方はなんだか戸惑ってしまった。
上向いた瞳がなんだか、妙に澄んで、そのくせ妙に疲れたように見えたのだ。大体こんな終わらせ方をするのも珍しい。もっとからかってきそうなものだ。
思い出したように土方は、銀時の上から下まで眺めた。
「……」
「おいって」
苛ついたような言葉だ。土方は視線を逸らし、頭を掻いて、言葉に従うことにした。
「あのな」
だが背中を向けて、捨て台詞くらいは許されるだろう。それで勝つというよりは、ただ単に……呆れたのだ。
「立てないなら立てないって言いやがれ、このバカ」
銀時がどんな顔をしたのか、土方は見ていない。見ない方が良い気がした。そして自分の顔も、見せない方が良いだろう。
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