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いくら神出鬼没だからといって、天井から落ちてくることはないだろう。 あまり人のことを言えないにも関わらず、赤屍はそう思った。ぼと、と身体に乗ってきた鏡に対してである。何しろ赤屍は眠い。不機嫌だった。非常識な人間に構うことはない、と思う。 再度、目を閉じた。 「……ジャッカル?」 きつい視線を一つ寄越して、赤屍は眠ってしまった。鏡はちょこんと赤屍の腹のあたりに腰掛けたまま、おや、と首を傾げる。 「おーい」 身を屈めて顔を覗いてみたが、死体の寝顔があるばかりだ。鏡はしばらく考えたあと、額にキスをしてみた。起きない。 「ねーえ!」 いくらか大人げない声をあげ、揺さぶってみる。起きる様子はなかった。それなりに気をつけて腰掛けていたのを、思い切り体重を乗せてみる。腹はへこんだが、まったく反応はない。 さて、と鏡は首を傾げた。 「つまらない」 たまの暇に無限城を抜け出してみれば、これだ。眠っていては観察も面白みがない。どうせ殺気の一つも見せれば飛び起きるに決まっているが、それはしたくなかった。 そんなことをしたら、どっちか死ぬか、どっちか逃げることになる。長い休日なのだ。早々に楽しみを終わりにしたくない。 「ジャッカル。黒猫。パンダ。葬式。犬。ばか」 耳元でいくつか呟いてみたが、迷惑そうな顔すらしない。人形は顔がいのち、と呟きたくなるような寝姿だ。 「……あ、あっちに雷帝が」 む、と眉が寄った。ふるふる揺れている。それはどうかなあと複雑な気分になっていると、うっすら赤屍が目を開いた。 左右確認。どうやら目的が存在しないことを確認したらしい。また、目を閉じた。 「うわあ」 鏡はちょっとした人間らしく、大袈裟に空を仰いでみた。しかし、結局、ちょっとした人間らしくはない鏡だ。可哀想だから寝かせておこう、などという考えは有り得なかった。 だいたい、眠らないからって死んだりするわけのない相手だ。構わない構わない。 (何をしよう?) そう決めてしまうと、鏡はうきうき楽しい気分になった。眠る赤屍一匹。いくらでも観察のし放題だ。しばらくじっと観察し、シャツ一枚の赤屍も悪くないなと理解した。 「でも、もうちょっと」 手を伸ばして襟元に触れる。ひょいと引っ張ると、簡単にくつろげた。無防備にラフな姿の、インテリ風の寝姿になった。 (インテリ?) まあ、医者だと名乗っているのだから、頭は良いのだろう。殺しに対する執着はアホの集中力にも思えたが、それほど馬鹿を見せた覚えはない。インテリ、と鏡は口の中で呟いた。 そう思ってみると、なかなか禁欲的な姿ではある。いつも肌の露出がほとんどない。ばかりか、大きな帽子で顔を隠している。 「淑女って感じだねえ、なんか」 うんうんと頷き、先を進むことにした。チラリズムも悪くはないが、これだけで満足するのは勿体ないというものだ。せっかくの逸材が転がっているというのに。 鏡は観察力を更に満たすべく、シャツのボタンをぷちぷち外した。赤屍が目を覚ます様子はない。前を開いてじっくり観察して、耳元で囁いてみた。 「ジャッカル。ばんざい」 「う……」 「手、あげて」 「……」 眠りながらも、うざったいことをどうにかしたいと考えたらしい。赤屍は素直に両手をあげた。鏡はなんだか無言でストップした。 シャツをはだけ、無防備に両手をあげて眠る赤屍。かわいい。 「……なんか今」 オレらしくもないことを考えてしまったような気がする。 これはいけない。鏡は眉間に皺を寄せ、顎に手をあてて考えた。なんだかこれではエロ親父のようではないか。冷静な視点を持てなければ、観察者として失格だ。 「ううん」 あどけない寝顔を見ながら考えてみる。 「よくよく考えれば」 遊んでもらいに来たのだから、このさい仕事は忘れてしまおう。せっかくの休日だし。 そういう結論に辿り着いた鏡は、一度、赤屍の上から退いた。シャツは半端に脱がせたまま、スラックスを引っ張り剥がす。眠る寸前に脱ごうとしたのか、最初からずり落ちていた。 非常に、素敵に、無敵にラフな赤屍蔵人が出来上がる。まだ目を覚まさない。いつまで眠っているだろう。 上から下までを見て、肩の傷跡をなぞった。さっぱり傷を残さない赤屍が、これだけは残しているものだ。無意識にか意識してかわからないが、何かの思い入れがあるだろう。それ自体は、鏡には知ったことではない。 うっとりとそれに触れる。赤屍の思い入れがある、もの。そんなものに触れられるなんて、まったく特別なことだろう。 (いつか) 鏡は想像する、この傷跡の上から、新しい傷をつくってやろう。消えない、もっとひどい、誰が見てもわかるような傷だ。血は滲み続け、決して固まらないようなものがいい。縫合できない傷口をつくること。恐らく可能だろうと思う。 それでも赤屍は死なない。死人みたいに生き続けるが、傷口は生き物として死ぬことはない。 「ン……」 何かを感じ取ったらしい。赤屍が薄く目を開いた。既に狩人の瞳だ。鏡はそれにすら微笑み、瞼に唇を落とした。気をそがれたのか面倒になったのか、赤屍はまた目を閉じる。 しかし、まだ眠りに落ちない。よほど強く揺すぶり起こしてしまったらしい。 気怠そうに呟いた。 「何……」 「遊んでもらおうと思って」 つっと傷口を辿る。邪魔そうにそれを見たが、赤屍は手をあげようともしなかった。シャツが絡まっていてうざったいのだろう。 「遊ぶ?」 「久々に降りてきたからさ」 「……」 変なものを見る目で、赤屍が鏡を見た。理解不能、という様子だが、鏡もわざわざ説明する気はない。どこまでいっても、たぶん理解不能だと思うからだ。 お互いに違いすぎる。相互理解なんて求めれば、それこそ面白くないことになるしかない。 「だめ?」 からかうように笑って聞いてやると、赤屍は面倒そうに重いまばたきをした。これは抵抗する気力もないな、と鏡は思う。何に疲れているのか知らないが。 「何をするんですか」 問いかけはゆっくりしていて、気怠そうだった。 「すけべなこと」 「……」 下らない、という目で赤屍が見ている。彼にとって、そんなことはさっぱりどうでもいいことらしかった。面倒くさい。うざったい。そんな表情ばかりが透けて見える。 鏡は笑いたくなった。そんな様子を見せられて、やる気になってしまう自分にだ。なかなか、自覚よりもクールではないらしかった。おかしい。おまけに、それがなんだか気に入ってしまった。 いっそ強請ってみようかと思ったくらいだが、その前に、赤屍が気怠そうに答えた。 「終わったら、眠らせてくれますか?」 普通に言ったのでは、絶対眠らせてくれないとわかっているようだ。鏡は笑って頷いた。 「いいよ」 五分眠らせたのだって、眠らせたことにかわりはないだろう。 「なら、どうぞ。お好きに」 まったく頭が働いていないのか、どうでもいいのか、赤屍は欠伸をしながらそう言った。呼吸がほとんどないのに、欠伸はするらしい。鏡は妙なところに感心した。 しかし、感心している場合でもない。すぐに眠ってしまいそうなので、さっさと行動を起こすことにする。ちまちま吸ったり舐めたりしても、ぐっすり眠ってしまいそうな人だ。今もぼんやりして、どうでもよさそうに鏡を見ている。 鏡は指先を伸ばし、とんとんと赤屍の唇を叩いた。と、赤屍が嫌な顔をする。 「口、開けて」 「……ど、」 どうしてですか、とでも言いかけたのだろう。最後まで聞かず、人差し指を押し込んだ。さほど乱暴ではない、けれど正に有無を言わさない。 赤屍は不満そうな顔をしたが、やはり面倒なのだろう。大人しく舌を絡めた。これはまったく乱暴なくらいのもので、舌で撫で、歯で噛みしめる。血がでたかと思ったが、引き抜いてみればそうでもない。 その辺の加減はわきまえているらしい。いくらか感心した。 「足も開いて」 「……あのねえ」 さすがにこれには従わない。また、欠伸。そろそろキレてきそうだと感じ、従順な赤屍を見るのは諦めておくことにした。ベッドの端近くまで下がると、邪魔な着衣を全て取り払い、赤屍の足を上げさせる。 これでも眠そうなのだから、まったくやってられない。同時に、どうにかしてやりたいという気持ちになるものだった。おかしがりながら、鏡は指先を、足の狭間に押し込んだ。 ふるり。無反応でもいられなかったらしい。上向くと視線があった。嫌そうな顔をなんとかしてみようと、鏡は片手を前に触れさせる。生殖器のあるはずの場所は、すんなりしたアウトラインを描いている。これもまた、意味の大きすぎる傷だ。 「……もったいない」 情報として知っていたことでも、男として呟かずにいられない。赤屍が笑った。 「皆さん、そうおっしゃる」 「そりゃあね」 普通に頷いて、ふと、顔をあげた。 「皆さん?」 「ええ、皆さん」 「ふうん」 鏡は嫉妬のような感情を持ったことはない。けれど、なんとなくそれは嫌かなと思った。やはり、特別なものは特別なままでいてほしいものだ。 (見つけて、消しとこうかな?) そう思ったが、やめた。 (ジャッカルじゃあるまいし) 穏便な手段で行こう、と考える。もっとも生きていれば穏便だ、とも言えないのだろうが。 「感じないわけ、やっぱり?」 がたがたした傷口に触れる。びくりと肌が揺れた気がしたが、大きな反応はない。そうだろうな、と鏡は思った。似合わない。もしも残されたままだとしたら、そちらのほうが不自然なくらいに。 (まあ、それを言うなら) こちらだって不自然では、ある。そう思いながら、鏡は指を押し込んだ。しばらく間を置かれたせいで、内部がかさついている。指の関節にたまった唾液を擦りつけるようにして、慎重に動かした。 赤屍がほとんど反応を見せないせいで、義務的な作業は実につまらなくなる。思いついて鏡は、前の傷跡に唇を寄せた。ざら、とあまり濡らさない舌で舐める。 びくりと震えたのは、かすかな痛みのためだろうか。同じ事を繰り返し、指を動かす。気怠そうな表情が顰められる。気にかけず続けていれば、二本目を押し込むところで文句が入った。 「……痛い」 御不満らしい。上向き、笑ってみせた。 「どっち?」 赤屍が視線を彷徨わせる。ぼんやりしているせいで、やはり現実感がなかった。つまらない気分になった鏡は、あっさりと作業を簡略することにした。 どうせ痛がったところで大したことはない。ゆっくり緩んだ場所はやわらかく、それだけで受け入れられそうだ。入口はきつさを残していたが、押し入ってしまえばなんとかなる。 飽きっぽいところのある鏡は、すぐにそう決めた。赤屍がさっぱりつまらないのが悪いのだ。遊んで貰えない相手には、鏡はあまり優しくない。 「ジャッカル」 一応、おざなりに名を呼ぶだけ呼んで、大きく足を開かせた。赤屍が戸惑ったように身を捩ったが、知ったことではない。手早く押し付けた腰に、ためらいなく力を込めた。 「……っ、く」 さすがに呻きが聞こえる。強い力に阻まれ、入り込まなかったそれに、鏡は苦笑した。 「そうやって力入れてると辛いよ、けっこう」 重なるようにして近付き、囁きかける。ちらりと赤屍が視線を向けた。きりきりと締め付ける感覚が、一瞬飛んだ。 (あ、ヤバイ) 表情のない瞳が鏡を貫いている。痛みもない、ただ見ているだけの瞳だ。獲物を補足するための視線。 限界まで見つめ、鏡はすっと横に姿勢を倒した。絡んだ足が邪魔だったが、赤屍はそれを使おうとは思わなかったらしい。幸い、メスは肩を掠っただけだった。血が流れるが、大したことではない。 二発目が来るかと思えば、赤屍が首を傾げた。 「なぜ?」 端的な問いだ。鏡が逃げなかったことが不思議らしい。この純粋な好奇心は、子供のようなものだと鏡は思う。 疑問を解消するまで、ひとまずは安全そうだ。鏡は顔を近づけ、真面目な表情で囁きかける。 「この状況で」 「……?」 問いかける視線が上向いた。噛みついてやりたくなる、絵空事みたいな瞳だった。 「普通、男は逃げられても逃げたくないと思うんじゃないかな」 理解不能なようだった。良いけどね、と呟き、力の抜けた身体に入り込む。あ、と小さな声をあげ、自然と背中に腕が回った。表情はかわらない、不思議そうなものだ。 「うん……」 入り込んで奥を味わう。本人と同じ、どこか余所余所しい感じがした。それにしても熱は熱としてそこにある。充分だ、と思う。 問題はさっぱり反応のない赤屍だ。男としてちょっと情けないかな、と鏡にしても思った。まあ、感じるべき場所がないのだから、仕方ないといえば仕方ないのだろうか。 「……つまらなくない?」 問いかけてみる。 「つまらないですよ」 本当につまらなそうな返事がきた。意識して不感でいるわけではないのだ。深くで身体を揺らしてから、鏡は耳元で囁いた。 「だったら、ちょっと協力して」 「はあ?」 「今までで一番気持ちよかったことって、何?」 物理的な快楽がないというのなら、感覚的に手に入れるしかない。鏡の問いかけに、赤屍は首を傾げた。 「……メスで切り裂いた時? 突いた時? それとも、剣で?」 わずかに赤屍の頬に赤みが差した気がした。なんだか呆れつつ、鏡は問いかけを続ける。 「それとも、もっと本気で闘った時かな。持てる力、全部で。切り裂いて……切り裂かれて、今にも死ぬかもしれない」 びく、と身体が震える。それに合わせて穿ってやると、赤屍が素直な声をあげた。あとはそれを途切れさせないよう、うまく動いてやるだけだった。 赤屍は、勝手に想像を深くしている。たまらないとあげた声は、誰を殺した時のものか。あるいは、殺されようとしたものなのか。とにかく、声だけは悪くないものだ。 びくびくと震えるそこを貫き、引き裂くように抜き取る。そのうちに刷り込みでも起こったのか、赤屍は何も考えず身体を揺らすようになった。片足を上げさせ、角度をずらす。悲鳴じみた声になった。 「そう……いいこ。…いけそう?」 それが少し心配だ。そういう感覚はあるのだろうか。赤屍は何を言われたのかわからない様子だったが、そのうち、もどかしげに腰を揺らし始めた。 痙攣のように内部がひきつり、それから緩む。そんなことが断続的に起こった。イけそうで、イけない。赤屍が首を振った。たまらなく落ちた涙が頬をつたっている。 それを舐め取ってやりながら、さて、と鏡は考える。そろそろ自分もまずい。さすがにこのまま終わらせては、哀れというものだ。イけそうで、イけない。つまり、何かきっかけのようなものが足りない。 熱にうなされ始めた赤屍を伺いながら、押し込む動きに合わせ、指先を沿わせた。苦しげな声があげられる。きつくなったそこが緩むのを待って、ぐるりと内部を探してみる。 く、と押すと、びくりと身体が硬直した場所がある。揺り返しのように震えた内部に、鏡も声を漏らした。 「ン……、もうちょっと、」 「あ、やっ……や、早く……!」 「わかってる」 「……ッ!」 無茶苦茶に貫き、同時に指で見つけた場所を擦ってやる。中で吐き出すと、びくりと跳ねた身体が、けれど強く首を振った。 目を細めて笑った鏡は、もう滑るような胸の傷を、噛んだ。 「ひ……!」 一際高い声があがる。びくびくと痙攣が収まるのを待って身を離す。息が乱れすぎていた。しばらく苦しさを味わう。熱い。息を吐いた。 なんとも面倒な人だなあ、と思いながら、鏡は隣に転げた。 「……ジャッカル?」 息を整えてから、反応のない赤屍を見る。 「ああ」 眠っていた。 (いや、これは失神してる、というのかな) 頬には涙のあとが残り、シャツはまだ片手に絡まっている。足は広げたまま、濡れた身体を光らせている。奥まった場所は、未だにひきつっているようだった。 それにしても、寝顔は安らかに戻っている。ように、見えた。なんだかそう思うと、物足りないというか、泣かせ足りないというか……。 「……うん?」 五分、と鏡は思う。 まあ、五分くらいは寝かせてあげよう。 |