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当然のように、いっそ不思議そうに告げられた言葉だった。銀次はなぜか、すとんと肩の力が抜けるのを感じる。赤屍の顔を見上げた。彼は首を傾げ、こちらの反応を楽しみにしている。 黒く、威圧するようなコートもない。それがいつ脱がれたものか、銀次は思い出せなかった。ぼんやりと見る。白いシャツだけの、それだけを見るなら、あどけないだけの身体だ。 (この人) 醒めた頭で思う。恐怖も忘れ、驚きもどこかに去っていた。 (生まれてくる喜びを知らないんだ) 人外めいた身体にあるのは、ひたすら死だけ。それは自らの死であっても、人の死であっても。あるいは彼にとって殺すという行為だけが、産み出すものであるのかもしれない。 銀次は哀しくなってしまった。 「……銀次クン?」 問いかけてくる。それは訝しげで、どこか楽しげにも思えた。銀次は反射みたいにこぼれた涙を拭う。ほんとうのところ、涙くらいで喜ばせられるのなら、いくらでも見せてやりたい気分だった。 けれど、そこまで考えがいかないほど、銀次は目の前の存在に、救いのない哀しみを感じていた。 (こんなことをオレが思ったって、どうにもならないんだ) 考えてはいけないのだ、とも思う。目の前の、まるで無害なこの男は、どれだけの人間を殺してきたのだろう。それをわかっているのなら、哀しんだりしてはいけないのだ。 (だけど) それを誰もしてはいけないのなら、誰が、この人を喜ばせてあげられるのだろう? 「銀次クン。熱があがりましたか?」 いくらか深刻になった調子で問いかけてくる。銀次は首を振った。同情を怒りもしない、そんなことを考えてもいない頬に手を伸ばす。 触れたてのひらに擦りつくように、赤屍が首を傾げた。 「……オレのことが知りたいんでしょう、赤屍さん」 「はあ」 冷えた頬だ。血液を循環させるための、それだけの体温しか持っていない。そんな気がした。肌を触れる感覚が、そんななのだ。 「オレが女の子をどんなふうに大事にして、どんなふうに触れるのか、知りたい?」 問いかける。赤屍はどうにも不満そうに首を傾げた。雰囲気の変化が理解できないでいるらしい。 「役に立つのなら」 「役に立つんじゃないですか。だって、オレを知ることから始まる、んでしょう?」 「まあ」 唇に手をやって考え込んでいる。やわらかそうな唇が、ふにふに動いていた。あれも冷たいのだろうか、と銀次は思った。 (わからないものは教えればいいし) 冷たいものは暖めればいい。 わかりやすい単純さで、銀次は赤屍の首に手を回した。ちょっと血の気が引くような、大胆な行動だった。しかし、今の銀次にはわからない。目の前の事に集中してしまうタイプなのだ。 唇が触れる。赤屍は目を細めて銀次を伺ったが、メスを取り出したりはしなかった。本当に今日は殺気がない。それに、言われた言葉を素直に受けとめているようだった。 「ん」 やや、迷惑そうな声はあげた。嫌がるよりは、なんですかと文句を言いそうな調子だ。拒否されていないと考えることにして、銀次は触れた唇を吸い、やわらかく弾ませた。 それほど経験があるわけではない。銀次の口付けは、愛情の表現というよりは、直接的に熱を伝えるためのものだった。触れて、ひたすら触れて、離れない。 さすがに赤屍が銀次を押し返した。不快そうな眉間の皺がある。それでも、殺意に繋がるような不快ではない、と銀次は思った。 よくよく意識を澄ませてみればわかる。常に人を殺したいと考えているわけではないのだ。おおよそ気分なのだろう、と感じた。黒い姿でないために、迫力がないだけかもしれないが。 「あのねえ、銀次クン」 嫌そうに唇を舐める。舌先が見えて、銀次はなんだかくらくらした。温もりをうつしてやるつもりが、こちらが熱くなっている。 (なんでだろ……) ナチュラルにそう思う。不思議だ。 「キスくらいなら私だって知ってます。ほら」 「あ」 銀次は驚いた。身を乗り出してこられたので、背をぐーっと逸らす。そのまま倒れるのを堪え、よく考えればベッドだった。ぱたりと倒れてみる。驚きは去らない。硬直している。 自分からしておいて失礼な話ではあったが「キス」という言葉にされた途端、銀次はやや混乱した。そういえば、そうなのだろう。キスしている。 (なんで!?) などと、キスの最中に思うのは失礼だ。そのくらいの認識はあったので、銀次はとにかく息を吸い、吐いた。落ち着く。 「んっ」 鼻にかかった声が聞こえた。思わず銀次は、赤屍の頭に腕を回して引き寄せていた。入り込んできた舌を甘く噛む。リアルな感覚に目眩がした。ぬるぬると滑っていく。思い切り舌を引っ張ると、目前の眉がきわどく寄せられた。 扇情的な光景だ。おまけに、太股が触れ合っている。服を身につけていない、赤屍の太股だ。口付けにとろけながら、銀次は手を伸ばしてそこに触れた。 やわらかい。 (あ……ヤバ……いっ) 飛び起きると頭をぶつけた。がつ、とかなり大きな音が骨に響く。赤屍が思い切り凶悪な顔をしていた。 「あ」 しかし、銀次はその唇に目が釘付けだった。やや膨れ上がって、濡れて、赤く光っている唇。 「痛いじゃないですか……っ、?」 そのまま押し返していた。足が絡んでいる。それほど大きなベッドでもなく、赤屍は頭をはみ出していた。不可解だ、という顔で銀次を見ている。 「……すみません、その」 声が小さくなった。銀次もそれなりの羞恥心というものがある。目の前まで真っ赤になる気がした。それにまた、不審そうな赤屍の視線が向けられる。 「ああ」 うざったそうに頷いたのは、ずいぶん銀次が困ってからのことだった。 「私は女の子じゃないですよ、だいたい、教えてもらおうにも……」 「でも赤屍さん」 かなり余裕がない。それでもあとから考えれば、銀次にしては割りにいけている説得をした。 「男同士でしたって、子供はできません」 「…………そりゃそうでしょう、できたら恐いです」 「そんなことしたら、精子がどかどかどかどか死んでいくだけです」 「……」 ぴく、と赤屍が眉を動かした。少し興味を覚えたらしい。なかなかわかりやすい人だな、と自分を棚にあげて銀次は思った。 「それに、興奮したら漏電するかもしれないし」 赤屍が視線を揺らがせ、わずかに頬を赤くした、ように見えた。何かを想像して、少し興奮したものらしい。何を考えたのだろう。とりあえず若い銀次にはさっぱりわからないことだ。 いいでしょう、の、いの形に赤屍が口を開いた。と、見るなり、銀次はその唇に口付けた。むぐ、と赤屍が文句を言う前に、手を腰に滑らせ、躊躇ったあとでシャツをめくった。 「……ふ」 胸をてのひらで撫でられるのは、赤屍にも気持ちの良いことらしい。ふんわりとやわらかくなった瞳を見ながら、その手を背中に回した。寝難く背中を浮かすのを、そのままひっくり返した。 「赤屍さん……、腰、腰あげて」 切実な要求に何か感じたらしい。素直に赤屍が従っている。それになんだか、銀次はとてつもない満足を感じた。なんだか新鮮だ。 「……銀次クン?」 しかし浸っていると、尖った声がかかってくる。誤魔化すように銀次は、シャツのめくれた背中を噛んだ。小さく声があがる。零れる声を、堪えようという気はないらしい。 彼にとって、これはどんな意味のことなのだろう。聞いてみたくなったが、やめた。気が変わらないうちに、さっさと終わらせるに限る。 すっかり目的も何も忘れてしまった銀次だったが、何もない足の付け根を見ると顔を顰める。痛々しい傷に指を這わせた。びく、と白い腰が揺れた。痛みはないようだったが、やはり過敏な部分であるらしい。 (そういうの、あるよね) 新しい皮膚ができているから、なのだろうか。触れていくとびくびく揺れ、ついには赤屍が手を伸ばしてきて静止した。あまり追い詰めて嫌がられても困るので、これ以上はやめておくことにする。 「あれ」 しかしこれから、どうすればいいのか。 「銀次クン……?」 呼びかけは不安を混ぜて感じられた。勘違いかもしれないが。銀次は思い切って、赤屍の足を大きく開かせた。ぱっくりと割れた尻の間に、笑えるようなかわいらしい窄まりがある。 なんだかしみじみ、この人、人間だよなあ、などと思った。 「ぁ……っ」 けれど容易く唇を寄せられたのは、人間的でないせいかもしれない。そうでなければ、もっと生々しさを感じただろう。 「ん、っちょ……銀次クン……、」 メス投げないで下さいね、と言いたかったが、口が塞がっている。実際そちらに意識を向けないほど集中して、きついそこを舐め溶かした。銀次の舌に応え、きゅっと力を込めたあと、気が抜けたように緩む。どの程度したものかわからなかったが、舌で中を濡らしたあとは、ぐちゅりと指を押し込んだ。 赤屍の背がしなる。唐突なくらいの反応で、銀次は慌てて問いかけた。 「えっと、赤屍さん?」 答えがない。呼吸の音だけが聞こえている。どうやら声もでないらしいと気付いて、銀次は指を引き抜いた。 卑猥に、そこはわずかな隙間を残している。 「赤屍さん?」 「あ……、や」 聞こえた声は、喘ぎだったのかあるいは拒否の言葉だったのか。縋るようで、感じ入ったようでもあった。有り得ないほどの声に銀次は息を止め、次には腰を押し付け貫いていた。 「ぅ…く、ぁっ」 今度ははっきりした悲鳴があがる。そこはすっぽりと銀次を受け入れていたが、ぎちぎちと軋み、それ以上を許さずにいる。締め付けられる痛みに、銀次は顔を顰めた。 「た……っ、赤屍さん、もちょっと……緩めて」 「あ…、の、ねえ、銀次クン……それをあなたが言えた筋合い、だと」 ひゅ、と息を吸う音。 「あの、赤屍さん」 「い、た……っ」 「あ、ごめんなさい。えっと……できればメスはやめてほしいな、って……っ」 キラ、と指先に光るものに目がいった。いつの間にか。ひくりと銀次は身を強張らせたが、切りつけてくる様子はない。 「なんでも、いいから……」 疲れたような声がある。それだけに、なんだか今にもぷつりといきそうな調子だ。 「さっさとなんとかしないと、あなたの、それ、切り落としますよ」 急に明瞭な言葉だった。たらりと汗を感じ、銀次は根性を据えて声を出す。 「ぜ……善処させて頂きます…っ」 というものの、どうしていいのさっぱりわからない。どうにも痛みしか与えていないようで、申し訳なくなって前に手を伸ばした。しかし、そこには傷跡があるばかりだ。 さすってみる。赤屍は小さく声をあげたが、これは撫でられるくらいの感覚でしかないようだ。決定的な快楽を与えるのに、どうしたらいいのか。 (……あ) もしかして、と傷跡を探る。切り離してしまったのだとしても、奥底に感じる部分は残っているのではないかと思ったのだ。銀次が得る快楽にしても、もっと腰の深くからやってきている、気がする。 軽く身体を揺らす。 「う、」 呻き声をあげると、息が抜けるらしく、わずかに緩んだ。気が逸れるのにあわせ、銀次はそろそろと目測をつける。 静電気くらいの強さを、傷口の奥をめがけて発した。 「あっ!」 びく、と腰が揺れる。痙攣みたいな動きだ。驚いて強張っているような身体に、もう一度。 「あ、や……やめてください、銀次クン…、それ…っ」 「これ?」 「ンゃぁっ…!」 これはいい、らしい。そうとわかって銀次は、しつこくそれを続ける。そのうちに身体を揺らし、抉るように動き始めた。びくびくと揺れるそこは、銀次を締め付け、緩め、震わせている。 「ん、赤屍さん…、いい」 被さるようにして呟く。耳元には届かなかったが、赤屍がもうわけもわからない様子で、何度も頷くのがわかった。 深く入り込み、浅くを擦り上げる。銀次にもそれほど経験のあることではない。おまけに、抱いているのはとんでもない相手だ。そのせいか、最初の終わりはすぐに訪れた。 「……ン…ッ!」 奥までを貫き、吐き出す。それに合わせ、強い電流を放ってしまったらしい。赤屍が大きく身体を揺らし、びくびくと痙攣して、弛緩した。きれいな弧を描く背中を、思わず指先が撫でていく。 気怠そうな赤屍が振り向いた。目が赤い。 「なん、てことを……、ぁ?」 最後まで言わせない。腰を引き寄せ、奥を穿った。 「赤屍さん、イってないよね?」 「な……ッ、や、も……イった…からっ…」 手を濡らすものがないので、わからない。これは全く女の子みたいだ、と銀次は思った。 「でも、わかんなかったから、もっかい……」 よっぽど悪人みたいな強引さで、身体を揺らす。赤屍は喘ぎをあげたが、結局逆らえなかったらしい。恐らく銀次に、ではなく、身体からくる快楽のほうにだろう。 それにしても、銀次は悪い気分ではなかった。あとのことは、あとで考えよう。 「……あのねえ」 どちらかといえば面倒そうに、赤屍はメスをしまった。 「そんなに怖がるくらいなら、しなきゃいいでしょうが」 目の前から消えたヒカリモノに、銀次はようやく息を吐いた。目の前の赤屍の、まだしどけない姿も一因ではある。目の毒からは、視線を逸らしておく。 「お、怒ってないんでしょうか、赤屍さん」 「……」 問いかけると、何やら悩んでいる。自分が怒っているのかどうか、考えているようだった。 (変な人……) やっぱりどこかおかしいのだ、と銀次は思った。それは赤屍の望むものなのかどうか、わからないが。 なんとなく哀しくなる。どうも妙な癖がついてしまった。 「怒るというのが、どんなことかいまいち、わからないのですが」 静かに告げられた言葉に、銀次はまばたきをした。心から、思ったことを話しているようだった。近いからだろうか、と銀次は思った。 身体を触れ合わせれば、少しは近いのだ。 「まあ、だということは怒ってないんでしょう。……銀次クン?」 ついつい笑い出してしまった銀次に、赤屍が不審そうな顔をする。切られてはいけない。神妙な顔をつくった。 「なんでもないです」 「はあ」 「とてもよかったです」 「……そのわりには何度も何度も何度も何度も」 えへ、と銀次はとりあえず笑っておいた。 「赤屍さん、イったかどうかわかんないから」 「そういう問題ですか……」 「あの」 「なんですか」 「ほんとによかったです」 「……」 赤屍がじっとりした視線で、殺すよりはいっそ「この人大丈夫だろうか」という顔をしている。えへ、と銀次はまた笑った。それから、気をつけて顔をひきしめる。 「赤屍さん」 肩の力を抜いて、真っ直ぐみつめる。身体だけ近くても、どうなるものではないのかもしれないが。 (少なくとも) この人を傍で見ていられるというのは、悪いことじゃないのかもしれないと思った。 (恐いけど) 怖がるよりもっと、するべきことがあるような気がした。そう思うと、銀次はちょっと強い。目的があれば、そこに邁進するだけだからだ。 (たぶん) 銀次は口を開く。 「好きです」 挑むような言い方をした。何かを押し曲げてやろう、手に入れてやろうという調子だ。だからこそ赤屍も、驚きのあとに笑ったのだろう。 「……私も好きですよ」 挑む。瞳が切り裂きそうだ。けれど、殺すよりももっと何かが始まりそうな。そんな挑戦的な瞳だった。きっとわかっていないのだろう。新しいゲームなのだと思っている。どちらかが負ければ殺されるような。 けれど、悪くない、と銀次は思った。 最高なのかもしれない。 |