そうそう年中、物騒な依頼が転がっているわけでもない。
 退屈がった赤屍が花のタネを植えたことも、馬車にとってさほど意外なことではない。物事の善悪に拘らず、とにかく、目先のおもしろそうなことに飛びつくのが赤屍だ。それが血生臭いことであれば最高らしいが、それしかだめだというわけでもない。
 ただ、その似合わさには苦笑した。
「水をやってるのに、ちっとも芽を出さないんですよ」
 花壇の端に腰掛けてぼやく。頬杖をついてさえいた。馬車は花壇のホースを引いて、洗車をしているところだった。
「土が悪いんやか」
「土? はあ」
 適当な教えをしてやると、赤屍はわかったのかわからないのか、あるいは面倒だと感じたのかもしれない。ぼんやり土を見たあとで、呟いた。
「栄養分ですね」
 ふらりと立ち上がるのに、あまり追求しないことにした。仕事でもなく、そこらに気に入りが転がっているとも思えない。つまらない通行人を切り捨てるなどというのは、あまり赤屍におもしろいことではないらしい。
 必要に迫られれば、当然に、呼吸するようにやるわけだが。
(必要に?)
 少し心配になった。
「どこ行く気じゃ?」
「栄養を探しに」
「どこじゃ?」
「前回の依頼の。死体をだいぶ捨ててきました」
「まだ残っちゅうか」
「たぶん……」
 なかったら調達するつもりなのだろうか。ふらりと出た背中を見てみたが、どうもそんなようには思えない。眠そうだ。やる気がないのを見送って、馬車は洗車を続けた。
 だいたい、止めようにも無駄なのだ。などということを、馬車は今更のように思う。どうしてか忘れてしまうのだ。



 親がどうでも子は育つ。
 などということを、馬車はぼんやり呟いた。育てたのがああでも、子はきちんと伸びて蕾をつけている。今日もぼんやり退屈そうな赤屍は、じょうろで水を垂れ流していた。
 おかげで土はどろどろだ。とても生育に適した環境ではない。そろそろ飽き始めたらしい、と馬車は思った。仕事もないので、なんとなくやっているだけのようだ。
 しかし花は咲くことができそうだ。
「馬車ぁ」
 ぼけぼけした赤屍が呼びかけている。これではどこぞの小僧と同類だ、と馬車は思った。言いはしない。報復を恐れたというよりは、面倒ごとを嫌ったためだ。
「何」
「次は何のタネにしましょうか」
「……また植えるがか」
「ひまわり、あさがお、ぼたん、さくら」
「さくらは無理じゃろ」
 知るだけの花の名を呟いていた赤屍は、もうネタが尽きたらしい。欠伸をしている。そろそろ依頼が来なければ、キレる頃かもしれないと馬車は思った。
 まあ、それもいい。どうせこれに刃向かおうなどという人間は、すでに死を覚悟しているか、いっそ死にたがっているか。
「それ、咲いてからにしたらどうじゃ」
「ああ……」
 ぼんやりした目が、なんだかわからない花を見た。そういえば、その名を聞いていない。本人も知らないのかもしれない。馬車が思ううちに、赤屍が手を伸ばした。
 どんな殺人鬼でも、自らの育てたものには寛大なのか。愛おしいような指先が伸びる。首をつまんだ。じっと見つめているのは、切れ長の瞳だ。ぼんやりしている。
 つまらなそうに、その首を折った。かすかな音が聞こえる。みしり、鈍い、どうでもいいような音だ。
「……」
「もう、ここまできたら、あとは咲くだけ」
 馬車はいくらか呆れた顔で赤屍を見た。
「そんなのはつまらない。……そう思いません?」
 いっそ優しいくらいの笑顔だ。帽子を身につけていない赤屍は、子供らしくすら見える。あどけなく、気取ったような言葉尻。馬車は首を振った。
「あやめ、たんぽぽ、ばら、こすもす、さくら」
「……さくらは無理じゃき」
 とつとつ。子供のようにあどけなく、楽しげに、ただ知る花を並べ立てながら。赤屍がすでに視線を向けない、花の死体が転がっている。それをわずかにだけ見て、馬車は目を逸らした。